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ENDURING FREEDOM

テロ直後〜ワシントンの妻より投稿



From Washington (2001/09/14)


 このホームページの発行者の妻です。読者の皆様ワシントンにいる私たちのことを心配してくださってありがとうございます。事件の当日はワシントンも混乱しましたが、今日は学校も再開して、普通だったら頻繁に空を飛び行く旅客機がないことを除けば、ごく普通の日でした。空は青く澄み渡り、穏やかな日差しの一日で、まるで一昨日の出来事がアクション映画のなかのことかと思えました。

 私は、今日になってやっと心の平静を取り戻しました。事件の最中は、危険区域にいたにも関わらず、状況を把握することと避難することで忙しく、何かを感じたりする余裕はありませんでしたが、自宅に帰って、落ち着いてニュースを見るとあまりの惨事に呆然とし、次第に悲しみと恐怖が押し寄せてきました。その夜は、軍機がずっと空を旋回して不気味な音をたてるなか、二つのビルが崩壊する映像が何度も何度も頭のなかで再現されて、神経全体が打ちのめされるような感じでした。昨日は出勤したものの、事故現場から詳細が明らかになるにつれ、気持ちはますます落ち込んでゆきました。

 今日も暗い気持ちで出勤すると、チリ人の同僚が昼休みに職場の講堂で追悼のミサがあると教えてくれました。私の働く国際機関はカソリックのラテンアメリカ人が職員の大方を占めているので、講堂が時折教会になってミサが開かれるのです。私はカソリックではないけれど、宗教を超えて何かに祈りたい気持ちでいっぱいだったのでミサに参列して黙祷しました。すると、とても不思議なことに、混乱していた心が落ち着いて、ストレスもふっとなくなったのには驚きました。祈りの威力でしょうか。アメリカでは今、多くの人々が、教会、寺、モスクに行って祈っています。

 宗教がこのように心を癒す力を持つ一方で、争いの種となることは皮肉なことです。今回の事件はイスラム原理主義のグループの犯行との見方が強まってきたため、イスラム教の人たちへの排斥の動きも出始めています。我が家の最初のベビーシッターは信心深い、とても心の清らかなモロッコ人の女性ですし、長女の幼稚園の担任の先生は、アフガニスタンの出身です、彼女らがイスラム教だというだけで嫌がらせを受けていないかどうかとても心配です。アメリカ人が憎しみのあまり冷戦時代のような単純な善悪の構造をつくりあげないよう願っています。 慶長祐子



From Washington #2 (2001/09/18)


 ワシントンは緊張した日々が続いています。空には昼夜軍機が頻繁に飛んでおり、街中もパトカーや消防車のサイレンが絶えません。店やオフィスは通常通りに開いていますが、こんな悲しみの中、それでも日常のことを普通に行わなければならないというのは、とてもつらいことです。

 今日のワシントンポストの子どもページに載った子供たちの投書に次のようなものがありました。

「悲劇のあった翌日から、私の友達のアマンダの提案で、彼女の妹のブリアナと彼女の友達のメリージェーンと一緒にクッキーの大きな缶を持って近所の家一軒一軒を訪ねて、赤十字にあげる寄付金を集めています。私たちはまだ大きくなくて献血することはできないから、こういうふうにしてしか助けることができません。今までに850ドル集まりました。赤十字に渡すのに1000ドル集めるのが目標です。これが私たちの悲劇に対する行動です。早く大きくなって世界をもっと良い、もっと安全な場所にしたいと思います。」 〜クリスティーヌ バン アンダーソン、8才

 こういう子供たちに希望のもてる世界を残してあげねばなりません。 慶長祐子



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