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ENDURING FREEDOM


2001年9月11日、あの日私は単身赴任先のブリスベンにいました。妻と二人の娘をワシントンに残していたため、それから不安な日々が続きました。これは、あの日の翌日から2002年9月11日までの一年間の記録です。対テロ戦争の作戦名からとって、「Enduring Freedom(不朽の自由)」と題して綴ってきました。思えば、「不朽の自由」とは少し生意気な言葉ですね。地球上の誰かの犠牲の上に成り立つ自由なんて、ほしくありません。少しくらい不自由でも、皆で「不朽の平和」を目指そうよ。


September 12th,2001

 昨夜、ちょうど寝付いてから1時間ほど経った頃だったと思います。ブリスベン時間で深夜の零時くらいでしたから、アメリカ東海岸は午前10時頃です。突然、ワシントンの中心部にあるオフィスから妻が電話してきて、私は飛び起きました。「ニューヨークとワシントンが、同時テロにより大変なことになった」というのです。寝耳に水とはこのことで、何の事か理解するのに少し時間を要しましたが、とりあえず家族は全員無事だとの事で一安心し、テレビのスイッチを付けました。それは、長い夜の始まりでした。

 テレビの画面に現れたのは、到底、現実の物とは思えない恐ろしい光景でした。事態を把握した後、ワシントンのオフィスにいる妻に折り返し電話をしました。なかなかつながりにくかったのですが、何回目かでつながりました。妻もオフィスから緊急避難しなければならないので、家に帰るというのですが、ワシントン市内は明らかにパニック状態で、地下鉄も止まっており、タクシーも当然走ってなくて、仕方がないので歩いて帰るというのです。くれぐれも気をつけて帰るようにと言って、不安のまま受話器を置きました。それが、午前1時(ワシントンは午前11時)頃でした。

 私たちのアパートは、ワシントン近郊のヴァージニア州アーリントンにあり、テロの標的になったペンタゴン(国防総省)からほんの数駅しか離れていません。心配なので、ナニー(子守りのおばさん)と次女が居るアパートと、長女が居る幼稚園に電話をして、彼らの安全を確認しました。電話がかなりつながりにくくなっていて焦りました。ナニーは、うちのアパートからペンタゴンの火災の煙が見えると言っていました。それから、妻が家に着いたという連絡が入るまでの約2時間は、いてもたってもいられない時間を過ごしました。テレビやインターネットのニュースも明らかに混乱していて、いろんな情報が交錯していました。ハイジャックされた別の飛行機が、ヴァージニア州上空を飛行中だとか、ハイジャックされたのは全部で11機だとか、ワシントンではいくつか爆弾がしかけられているとか、何が事実で、何が不正確な情報なのかが分からない状態でした。そんな中を、妻が歩いて家に向かっているかと思うと、心配が極限に達していました。午前3時半頃に妻から電話が来た時は、正直言って神に感謝しました。その頃までには長女も幼稚園から帰ってきていて、とりあえずこれ以上テロ活動がない限りは、家族は全員安全を確保しました。

 それからも、ずうっとテレビに釘付けです。今は午後の8時ですから、20時間もぶっ続けでニュースだけを追っています。当然、仕事には行きませんでした。ちょっと疲れてはいますが、興奮と心配と怒りと悲しみとで気持ちが高ぶっていて、全然眠気はありません。ニューヨークのあの友人はどうしているだろうか、ワシントンのあの同僚はどうしているだろうかと思うと、とても眠る気にはなれないのです。私の知らない何千という尊い命が失われたようですが、全犠牲者の御冥福を祈らずにはいられません。








September 11th,2002

 現在アメリカ東部時間の午後9時を過ぎたところです。テレビではブッシュ大統領が演説をしているようですが、ワン・パターンの彼のこと、話の内容は大体想像がつくので、パスします。

 今日のワシントンは朝から見事に晴れ渡り、少し暑いくらいでした。「去年のこの日も、同じようにいい天気だったんだ」と、妻が教えてくれました。あの日、僕は単身赴任先のブリスベンのアパートで、深夜に妻からの突然の電話を受けて、飛び起きたのでした。それから丸24時間、テレビに釘付けで眠れませんでした。今日はアメリカ中で追悼式典があり、アメリカ中が、あるいは世界中の人々が一年前のことを思い出していたことでしょう。

 僕自身の今日は、いつもと全く変わらない一日でした。朝は慌しく子供たちを保育園に送り出し、日中は忙しく仕事をこなしアッという間に帰宅時間になり、夜はまた家で子守りに追われるという典型的なワシントンでの一日でした。あらためて、愛する家族が一緒にいられる有難さを噛みしめています。



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