フロントページブリスベン通信>2001年7月

BRISBANE 通信(July 2001)



ブリスベン市庁で最初にした事 (2001/07/01)


ブリスベン市庁舎  皆さんこんにちは。こちらブリスベンに赴任してほぼ一ヶ月が経ち、ようやく落ち着いてきました。これからどれくらいの頻度でこの「ブリスベン通信」を更新できるかはわかりませんが、よろしくお付き合い下さい。

 さてこの通信最初の話題は、6月1日にブリスベン市庁に初出勤した時の初仕事の事です。まず一番最初にやらされたのは、「職場のインターネットでポルノは見ません」という誓約書にサインをさせられたことです。「ポルノは当然見ませんが、職場のインターネットで仕事に関係ないウェッブを見たり、Eメールを私用で使うことはいいのですか?」と私が質問すると、課内では明確な答えは得られませんでした。その後、オリエンテーションに参加する機会があり、職業倫理のレクチャーがあったので、同じような質問を講師にぶつけたところ、「厳密に言えばそれは倫理に反するが、常識の範囲で判断しなさい」とかいうあいまいなお答えでした。ブリスベン市には職員の倫理規定というものがまだないということです。まあ全てをルールにして明文化するよりも、個人の自覚や常識にまかせた方がいいこともあるとは思いますが。

 ちなみに世銀では、確か「職場のインターネットやEメールを私用で使ってもいい」というのが公式見解だったと思います。それは「勤務時間外に仕事のことを考えるのはあたりまえのことなので、勤務時間中に仕事以外のことをしてもいい」というロジックからです。私用と公用の境目はあいまいですよね。



カンガルーの肉 (2001/07/02)


カンガルー  先日マーク課長にカンガルーの肉が食べられるというレストランに連れて行ってもらいました。カンガルーは数が多すぎて保護する必要もないそうです。マークいわく、カンガルーの肉なんておいしくないのでオーストラリア人は食べる人がほとんどいないそうです。だけど観光客向けにカンガルーの肉を出すレストランも結構あるということです。カンガルーにとっては観光客が多いっていうのも迷惑な話ですね。

 その日は結局カンガルーは食べないで別の食事を注文しました。これからも食べないでしょう。「カンガルーはおいしくないけどクロコダイルはおいしいよ」とマーク。「まさかコアラは食べないでしょうね」と私。「コアラは食べないけどエミュ(オーストラリアにいるダチョウに似た大きな鳥)は食べる」だって。やはり所変われば品変わるです。



首相とベースボール (2001/07/03)


 ブリスベンに来てからもついつい気になってワシントン・ポストのウェッブにアクセスしてしまいます。昨日はこんな記事がありました。日米首脳会談を終えたブッシュ大統領が小泉首相について、「彼とは良い関係を築けると確信している。だって世界のリーダーの中で私とキャッチボールをしたのは彼だけだよ。」と記者団に語ったというものです。

 私の記憶が正しければ、故小渕首相はシカゴでサミー・ソーサを相手に始球式をしましたし、森前首相も国連総会出席のために訪れたニューヨークでメッツの試合前に始球式をしました。何か野球ができることが首相の資質のひとつになってきた感じですね。

 余談ですが、橋本龍太郎が首相を辞めた時のワシントン・ポストは、彼のことを「中曽根以来初めて100人以上のアメリカ人が知っている日本の首相だった」と書きました。小渕首相や森首相が始球式をした試合に球場にいたアメリカの野球ファンは、日本の首相のことを覚えているでしょうか。



スーリー市長 (2001/07/05)


 同僚のロンの話では、ブリスベンのスーリー市長は、オーストラリアの大都市の市長の中では唯一市民の直接選挙で選ばれた市長だということです。他の市長たちは市会議員の中から議員たちに選ばれたもので、主に儀礼的な役割を担うことが多いそうです。そういうことでスーリー市長は、国や州政府と交渉する時も「市民がこの施設を必要としているんだ」とか、「市民がこういう意見なんだ」と市民へのアカウンタビリティを常に意識しているということです。国や州の言いなりになることが多い他の市長たちとはひと味違うとロンは言ってました。

 市民に直接選ばれておきながら、「国との太いパイプ」などという余計なものを売り物にして国の言いなりになり、リーダーシップと市民へのアカウンタビリティを忘れがちなどこかの国の市長さんたちにも聞かせたい話です。



国別汚職ランキング (2001/07/06)


 Transparency International(TI)が最近2001年の国別汚職ランキングを発表しました。TIというのは世界の汚職撲滅のために活動している国際NGOです。今年のランキングによると一番クリーンな国はフィンランドで、その他にもデンマークやスウェーデンなど北欧諸国が上位を独占しています。日本は21位と先進諸国の中では最下位グループの一角を占めています。ちなみにオーストラリアは11位で、データがそろった国々の中での最下位はバングラデシュでした。興味がある人はリンク集からTIのページを見てください。

 このランキングを見て思ったのですが、今、日本が停滞している理由のひとつには、官民癒着に基づくいわゆる日本的ビジネスのやり方があるのではないでしょうか。公正な競争に基づくビジネスが成り立たない土壌は、企業の競争力向上や起業家精神の育成を阻んでいるのではないかと思うからです。欧米では大学や大学院のコースに職業倫理の授業が多くありますし、学会に所属したり資格を取得するためには、大抵の場合倫理規定にサインしてその遵守を誓約することが求められます。



英国エリザベス女王とオーストラリア国民投票 (2001/07/07)


 6月中旬の月曜日、エリザベス女王の誕生日で祝日がありました。だけど実際の女王の誕生日は5月だそうです。5月は別の祝日があるので、祝日を分散させるために6月に女王誕生日を持ってきたそうです。そもそもどうして英国女王の誕生日がオーストラリアで祝日になるのでしょうか。それは、オーストラリアは法的にはイギリス連邦を構成する立憲君主国で、イギリスの女王が名目的には国家元首になっているからです。あるパーティーで会ったオーストラリア人は、「どうして外国の女王の誕生日が祝日になるのか全く理解できない。日本の方が距離的に近いんだから、日本の天皇の誕生日を祝日にした方がいいくらいだ」と言ってました。

 実は数年前に、憲法を改正して立憲君主制から共和制に移行し、オーストラリア人の大統領を選んで元首にしようという動きがあったそうです。しかし結局1999年の国民投票でこの案は過半数を得られず、実現しなかったということです。課長のマークによれば、国民投票の結果はとてもきわどい接戦で、州によっては大統領制賛成の票が上回ったところもあったそうです。日本でも首相公選制の動きがありますが、天皇と公選で選ばれた首相とで国家元首がふたりになるから、という反対議論もあるようです。せめてオーストラリアのように国民投票やりたいですね。



オーストラリア国民投票〜その2 (2001/07/08)


 昨日の続きです。杉本良夫氏の著作「オーストラリア〜多文化社会の選択」(岩波新書)に1999年の国民投票のことが出ていました。それによると、国民投票にかけられた共和制への移行案は、国会議員の3分の2の賛成により国会が大統領を選ぶというものだったそうです。その結果、大統領を直接選挙で選びたいという直接民主主義派の多くがこの間接主義案に反対し、エリザベス女王を元首にとどめたいという立憲君主派が漁夫の利を得たということです。杉本氏によると、心情では7割を超えるオーストラリア人が共和制への移行を支持しており、21世紀の早い時期に再び国民投票が行われ、オーストラリア初代大統領が誕生するにちがいないということです。自分たちのリーダーは自分たちで選びたいという直接民主主義への動きが、ここオーストラリアでも高まっているようです。



ブリスベン市議会 (2001/07/09)


 先日ブリスベン市議会の予算委員会・地域サービス部会を傍聴しました。部会長のケリーさんという若い女性議員が議長として議事を進め、ほとんど一人で与野党の質問に答えていました。質問事項は政策的なことから、個々のプロジェクトに関すること、具体的なデータを求めるものまで様々でした。議員が次々に質問を浴びせ、部会は延々と3時間ほど続きました。日本の議会の特徴である、質問者があらかじめ決まっていて、質問事項も前もって知らせてあるというものとは、全く異なる真剣な議論の場でした。その証拠にケリーさんはいくつか答えられない質問があり、それについては後で調べてお知らせするという答弁をしていましたから。このケリーさん、実際の年齢はわかりませんが、私にはどう見ても30代にしか見えませんでした。ちなみにブリスベン市議会は、26人の議員のうち14人が女性です。



パトリック・ラフター (2001/07/10)


 ウィンブルドンで惜しくも優勝を逃し、2年連続の準優勝となったパトリック・ラフターのホームタウンがブリスベンだと知っていますか。私も最近知ったのですが、こちらの地元紙の今日の一面は、敗れたとはいえ皆ラフターの写真でした。私も昨夜テレビで決勝を見ていたのですが、敗れたあと、ラフターが優勝したクロアチアのイワノセビッチをたたえる姿は感動的でした。敗れた後の態度がスポーツマンの真価を決めるとさえ思いました。

 彼は現在はバミューダ島に拠点を移し、そこにシドニーでモデルをしていた恋人と一緒に住んでいるそうです。ただ両親や兄弟などは現在もブリスベンに住んでいて、ここ数日は、ラフターの家族が地元マスコミに出まくっていました。彼の母親は去年のサンプラスとの決勝は見に行って負けたので、今年は縁起をかついで行かないと言ってましたが、それも実りませんでした。今朝のラジオでは、ラフターがテニスの賞金を寄付してできた小児科病院に入院している子供たちのインタビューなどもありました。準優勝でも彼のことを誇りに思うと、インタビューされた人々は皆口を揃えていました。こちらでは、ラフターが出ているコマーシャルも結構あります。ラフターは今年のシーズン後には6ヶ月の休暇をとると既に宣言しています。そのまま引退するのではないかというもっぱらの噂です。3度目の正直をねらって来年のウィンブルドンに賭けるような気もしますが。



寿司トレイン (2001/07/11)


 ブリスベンには日本食レストランも結構多いんですが、回転寿司もたくさんあります。ところがここの回転寿司はちょっと変わっていて、模型の列車が寿司を引っ張って走るのです。日本の回転寿司もしばらく行ってませんが、確か日本のはベルトコンベヤーみたいなのに寿司がのって運ばれてきますよね。こちらのはそのベルトのところが線路になっていて、その上を寿司をのせた列車が走るのです。だから店の名前も「寿司トレイン」とか「寿司ステーション」とかいいます。アメリカでもこの手の回転寿司は見た事がありません。もしかしたら私が日本を離れてからこういう回転寿司が出現し、オーストラリアが輸入したのか、あるいはオーストラリア人の発明でしょうか。日本で「寿司トレイン」を見たことがある人は、是非ご一報ください。



東チモール (2001/07/12)


 皆さんWFP(世界食糧機構)・東チモール事務所の三澤康志さんのメッセージを読んでいただけたでしょうか。まだの方は「メジャー・デビューしようよ」のコーナーで是非読んでください。このメッセージは、先日三澤さんが東チモールからわざわざブリスベンまで私を訪ねてくれた時にいただいたものです。1999年の歴史的な国民投票で独立を決めた東チモールは、オーストラリア北端の町ダーウィンから飛行機で2時間程という距離です。そのためオーストラリアとは何かと歴史的にもつながりがあります。96年にベロ司教とともにノーベル平和賞を受賞した東チモール独立運動の指導者、ラモス・ホルタ氏もオーストラリアを拠点としていましたし、ご存知のように現在東チモールに派遣されている国連平和維持軍の主力部隊はオーストラリア軍です。実は三澤さんをブリスベンの空港に出迎えた時、ダーウィンからのカンタス航空機から大勢のオーストラリア兵が国連PKOの制服のまま出てきました。休暇で一時帰国した様子でしたが、ゲートを出た途端に家族や恋人と抱き合っていました。

 三澤さんと話をしていて気になったのは、来たる8月30日に予定されている東チモール初の民主選挙のことです。三澤さんによると、多くの東チモール人はこの選挙が何の選挙なのか理解していないということです。この選挙は、憲法を制定する国会を開くための国会議員を選ぶ選挙なのだそうですが、東チモールの大統領を選ぶ選挙だと勘違いしている国民が大勢いるということです。国の憲法が決まらなければその国が大統領制になるのか、日本のように首相を置くのかが決まらないわけです。だからまず憲法を決める国会議員を選んでから、その人たちで憲法を定め、その憲法に基づいて大統領なり首相なりを後の選挙で選ぶんだそうです。言われてみればまったくその通りですが、多くの東チモールの人々はそこのところを誤解しているようです。そこで現在東チモールでは、国連ボランティアや様々なNGOが、住民に対して8月の選挙の趣旨を教えてまわっているそうです。新しい国づくりの苦労の一端がうかがえる話でした。東チモールの8月30日の選挙、注目です。



ブリスベンで食べた八戸の塩辛 (2001/07/14)


 昨夜「おしん」という名の和食屋さんのカウンターで一杯やっていたら、お通しにいかの塩辛が出てきました。板前さんが「八戸の塩辛です」と言うので、「えっ、僕八戸の出身ですよ」ということで話がはずんでしまいました。聞くところによると、成田さんというこの若い板前さんは北海道の余市の人なのだそうですが、おばあさんが八戸の出身で、成田さんも八戸に何度か行ったことがあるそうです。世界はせまいですね。今度「メジャー・デビューしようよ」のコーナーに、世界で働く板前さんとして出演してもらおうと思っています。八戸の皆さん、塩辛もっと輸出してください。



フランス革命記念日 (2001/07/15)


 私のブリスベンでの住処はブリスベン川に面した高層アパートの8階なのですが、そのアパートの真下の川岸に、中型巡視艇みたいなのが数日前から停泊していました。今朝、そばのカフェで朝食を食べたあと、その船をのぞいていたところ、フランス人の気さくな乗組員が出てきていろいろと話をしてくれました。

 仏英辞典を引きながらフランス語まじりの分かりにくい英語で説明してくれた彼によると、この巡視艇はニューカレドニアに駐留しているフランス軍のもので、彼らは皆ニューカレドニアからここブリスベンにやって来たそうです。その目的は、ブリスベンにある「French Alliance」という団体が主催した、フランス革命記念日を祝う昨夜のパーティーに出席するためだそうです。「French Alliance」というのは、フランス語やフランス文化の普及を目的にしている団体だと言ってました。昨日7月14日は、1789年に専制政治の象徴であったパリのバスチーユ監獄が陥落した記念日なんだそうです。皆さん知ってましたか。なんか少し勉強になってしまいました。



バットを持ったサムライ (2001/07/16)


 週末のこちらの新聞に、マリナーズのイチローのことがかなり大きくとり上げられていました。クーリエ・メールというブリスベンの地方紙なのですが、オールスター戦でもヒットを放ち、盗塁も決めたイチローのことを、「刀ではなく、バットを持ったサムライ」と称していました。ラグビーやクリケットに比べ、オーストラリアではあまり人気のないベースボールをこれほど大きく扱うとは、やはりイチローの凄さでしょうか。

 マリナーズはイチローの獲得に2800万米ドルを費やしたが、今年から向こう5年間のイチローの経済効果は1億ドルを越えると、その記事は予測しています。その根拠として、日本からのイチロー目当ての観光客の大幅増加、イチロー関連商品の好調な売れ行きなどを挙げています。また、イチローは最近日本に新居を建築したそうですが、その建築を請け負った業者は、イチロー効果で、今年の6月ひと月だけで1600の注文があったそうです。全部受注したんでしょうか。ともあれイチローさまさまですね。



ヒップスター・ジーンズ (2001/07/17)


 今ブリスベンは真冬なんですが、亜熱帯ということでとても快適な日々です。日中の最高気温は摂氏20度を超えるくらいで、朝晩は少し涼しくて大体10度前後くらいです。私が5月末にこちらに来てから、雨らしい雨が降ったのはたったの一日だけで、それ以外は見事に晴れ渡っています。これでもここ数年では一番寒い冬だと、地元の人は言っています。

 こんな気候ですから、厚手のコートやセーターはまずいらないはずなんですが、冬のファッションを楽しみたいのか、コートやセーターを着ている人も結構いますね。その反面、半袖やノースリーブの人もたくさんいます。一般的な傾向として、ブリスベンの方がワシントンよりファッショナブルな人が多いような気がします。中でも若い女性の間で流行しているのが、ヒップスター・ジーンズと呼ばれる股上の超浅いパンツルックです。これをはいてる人は、大抵おへそが見えるくらいの短めのTシャツを着ていますから、お腹が丸見えです。極端な場合は、へその下10センチくらいまで平気で露出させている女性もいます。このヒップスター・ジーンズ、日本やアメリカでも流行ってるんでしょうか。それとも、真冬にお腹を出しても風邪をひかず、年中着られるブリスベンならではでしょうか。



コアラ保護月間 (2001/07/18)


 7月はコアラ保護月間です。コアラはオーストラリアの東部にしか生息せず、大都市の中で野生のコアラが実際に生息しているのはブリスベンくらいだそうです。そのためブリスベンは別名「コアラ・キャピタル(コアラの首都)」と呼ばれているということです。私も先日ゴールド・コースト郊外のカランビン保護園で初めて本物のコアラをこの目で見ました。でも夜行性のため、ほとんどのコアラがユーカリの木の上で丸まって眠っていました。

コアラの親子  コアラは非常にストレスを感じ安い動物だそうで、犬や猫などのペットはそのストレスの最大原因だそうです。そのストレスが病気を引き起こす事も多いそうです。そのため、コアラの保護区に近い住宅地ではペット禁止というところもあるそうです。その他ブリスベン市では、環境税を設けてそのお金で、コアラが生息できるようなブッシュ・ランドと呼ばれるユーカリの林を市が買い取ったり、コアラの生息地を増やすためにユーカリの植林を奨励したりしているそうです。「コアラ基金」という団体が、コアラの里親制度みたいなのもやっています。興味がある方は、日本語のペ−ジもありますので、私のリンク集から「コアラ基金」をクリックしてみてください。



男女飲酒機会平等の原則 (2001/07/19)


 オーストラリアでもアメリカと同様に、パーティーがあると大抵は男女カップルで参加するようです。単身赴任の私は、仕方なくひとりで参加するのですが。この間そんなパーティーで、女性たちばかりがアルコールをぐいぐい飲んでいて、男性陣はまあビール一杯くらいで、その後はソフト・ドリンクに切り替えている人が多かったんです。オーストラリアの女性はお酒が強いんだなあくらいにしか思わず、私は普通にビールやワインを飲んでいました。最後の方では、ろれつが回らない程できあがってしまったおばさんもいました。

 ちょっと気になったので、後日「ああいうパーティーでは女性が飲むことになってるんですか」とその会合に来ていた人に尋ねたところ、「オーストラリアでは、パーティーなどで飲む人とパーティーの後に運転して帰る人を、男女のカップルの間で順番にしているのです。この間は私が飲んでいたけれど、次のパーティーでは夫が飲む番です。あの日はたまたま、女性陣の多くが飲む順番だっただけです」というお答えでした。なるほど、飲酒の機会も男女平等にこだわってるということです。私が「それはいい習慣ですね」と言うと、そのパーティーで浴びるように飲んでいたジャコビーは、「本当にそう思うわ。特に自分が飲む順番の時はそう思うわ」だって。



海のゴキブリ (2001/07/20)


 オーストラリアはとても環境政策に力を入れている国だと思いますが、地球温暖化の抑制をねらった京都議定書の批准問題では、日本と同じように煮え切らない態度をとっているようです。一部ではアメリカのブッシュ政権が、日本、オーストラリア、それにカナダに対して批准しないように圧力をかけていると報道されています。

 昨日のこちらのメディアでは、その京都議定書の陰でいまひとつ注目されていない、来週の国際捕鯨委員会のニュースが結構話題になっていました。オーストラリアは、南太平洋を鯨の保護区にしようと国際捕鯨委員会に提案を出しているそうです。また、商業捕鯨の是非に関するいくつかの採択もこの委員会で行われるそうです。

 話題になっていたのは、小松なにがしという日本の水産庁の高官が、オーストラリアABC放送とのインタビューで、日本が国際捕鯨委員会での採択を有利にするために途上国をODAで買収していることを認めた、というニュースです。その高官は、「日本は軍事力がないので、外交交渉とODAだけが日本の立場を支持してもらう手段なのです。それを使ってどこが悪いのですか。ミンク鯨は数も多いし、海をちょこまか泳ぎ回るので、まるで海のゴキブリですよ」と言ったという。

 もしこの報道が事実だとすると、この人の発言はかなり深刻な問題をはらんでいると思います。第一に、ODAをこの手の買収に使うことが許されるのでしょうか。私の答えはノーです。以前も、日本はユネスコ事務局長の選出をめぐる途上国の票をODAで買ったと、ファイナンシャル・タイムズを始めとする欧米の新聞に厳しく批判されたことを覚えています。こういったケースに限らず、開発援助の現場にいて感じるのは、日本のODAは非常に問題が多いということです。第二に、捕鯨問題のような非常にデリケートな問題を、どうしてこういう発言をするような外交センスのない人が担当しているのでしょうか。「海のゴキブリ」発言も含めて、これでは国益を損ないます。鯨にもゴキブリにも失礼ですよ。

 私の捕鯨に対するスタンスは、絶滅の危機に瀕していないと科学的に立証された種については、捕鯨が許されるべき、というものです。日本の伝統的食文化ですしね。でも、「科学的に立証されたかどうか」を客観的に判断するのがまたややこしそうです。ともあれ、来週の国際捕鯨委員会の結果に注目してみたいと思います。



グローバリゼーションとデモンストレーション (2001/07/21)


 ジェノバで行われているG8サミットへの抗議デモで、死者が出たというニュースが飛び込んできました。このようにグローバリゼーションに反対する過激派グループのデモは、1999年11月のシアトルでのWTO(世界貿易機関)総会あたりから激しくなってきました。その後、ワシントンDCでの世銀・IMF年次総会などでも多くのデモ隊が集まり、危険なのでオフィスが休みになったこともありました。今年5月に私も参加した、シアトルでのアジア太平洋都市サミットの際にも、小規模ながらやはり抗議集会があり、最近は国際会議というとデモがつきものという状況になっています。こういったデモ隊の言い分は、グローバリゼーションの恩恵を受けるのは一部の多国籍企業や先進国の富裕層だけだ、というものです。過激グループの多くはプロのデモ隊らしく、良心的なNGOなどは彼らとは一線を画しています。

 実はブリスベンでも、10月に大きな国際会議があります。コモンウェルス首脳会議といって、エリザベス女王をはじめ、イギリス連邦を構成している54ヶ国の大統領や首相が一同に会するのです。この会議の際にも、かなりのデモが予想されています。ブリスベン市としては、市営バスの運行やその他市民サービスへのデモの影響を最小限に食い止める必要があり、先日その対策を検討する会議がありました。私はワシントンでの経験から、「デモも悪いことばかりではないですよ。私はデモのお陰で予想外の休みを楽しみました」と冗談を飛ばしてとても受けたのですが、今回のジェノバ・サミットの様子を見ると、そんな冗談を言っいてる場合ではなさそうです。



ゴルフの値段は指四本 (2001/07/22)


 オーストラリアは、日本やアメリカに比べたら物価が安いですね。食事も、きちんとしたレストランで食べれば、そりゃあ高いですが、街のあちこちにあるフードコートはとても手ごろな値段で重宝しています。そういったフードコートには、必ずと言っていい程日本食のコーナーがあり、私もランチにはよく利用しています。カツ丼やカレー、ラーメンなどが、オーストラリア・ドルで大体6ドルくらいだから、400円くらいですかね。

 物価が安いということに関して、同僚のロンから聞いた嘘のような本当の話をひとつ。英語が全くできないある日本人が、オーストラリアのゴルフ場でプレー料金を払う際に、言葉が通じなくて困っていたそうです。ゴルフ場の係りの人は、仕方がないので指を四本立てて値段を教えたそうです。その日本人が納得して400ドルを払ったところ、なんとおつりが396ドル返ってきて、とてもびっくりしていたということです。この話、いつの出来事かは聞きませんでしたが、400ドルというと今の為替レートで2万円ちょっとくらいです。大体そんなもんだと思ったんでしょうね。



キャッシュ・マネジメント口座 (2001/07/23)


 オーストラリアに来て「コモンウェルス・バンク」という銀行に口座を設けました。これで我が家の預金は、日本とアメリカ、そしてオーストラリアの3ヶ国に分散されたことになります。私は全くお金の管理には無頓着ですが、幸いなことに妻が投資の専門家なので、お金のことは彼女に全てまかせっきりです。

 コモンウェルス・バンクの口座は「キャッシュ・マネジメント口座」といって、預金残高によって金利が自動的に変動する口座なんです。日本の現在の金利は限りなくゼロに近いそうですが、このキャッシュ・マネジメント口座の今の金利は次のようになっています。オーストラリア・ドルで5千ドル未満はゼロ。5千ドル以上1万ドル未満が0.35%、1万ドル以上2万ドル未満が1.05%、2万ドル以上5万ドル未満が3.15%、5万ドル以上10万ドル未満が3.45%、10万ドル以上25万ドル未満が4.35%、そして25万ドル以上はいくら預金しても4.40%です。私の預金がどの金利カテゴリーにあるのかは秘密ですが、こういう預金残高に応じた金利変動型の口座って、日本やアメリカではちょっと記憶にないですね。誰かご存知ですか。



在外投票 (2001/07/24)


 参議院選挙の在外投票が、ブリスベン日本総領事館で公示日の7月12日から行われていたのですが、昨日締め切られました。私は「在外選挙人証」をワシントンに忘れてきたため、投票できませんでした。一生の不覚です。

 在外投票は、前回2000年6月の衆議院選挙の時が第一回で、今回が2回目でした。ちなみに私は、前回はワシントンの日本大使館で投票し、記念にコースターをもらったのを覚えています(安っぽいので、すぐ捨てましたが)。2000年の時点での記録では、在外投票の対象となる海外に3ヶ月以上滞在している20歳以上の日本人は、59万人ほどだそうです。そのうち、前回の選挙までに、大使館や領事館などで在外選挙人登録をしたのは、たったの6万人弱。第一回の在外選挙で実際に投票した人は、わずか1万7千人だったそうです。これは、全海外在住有権者のたった3%です。今回第2回の在外投票での投票率は、この3%という数字を上回ることができるのでしょうか。非常に興味があります。在外投票制度に関しては、低投票率が物語るように問題がいっぱいあると思うので、その問題点については明日整理してみたいと思います。日本の選挙運動では、小さな泉と巨(おお)きな泉が話題のようですね。



在外投票〜その2 (2001/07/25)


 昨日の続きです。在外投票の問題点を私なりに整理してみたいと思います。まず第一の問題は、在外選挙人登録の手続きに関する問題です。在外選挙は、海外の日本大使館や領事館を通じて登録し、「在外選挙人証」を発行された人だけが投票できます。しかしこの登録手続きは、必ず本人が大使館などに出向いて行わなければなりません。大使館の窓口はお役所仕事の典型で、昼休みはしっかり閉まっているので、登録には仕事を休んで行く以外ありません。登録してから2ヶ月くらいもして、私がワシントンに忘れてきてしまった「在外選挙人証」というのが送られてきました。このように、在外選挙人証の発行には大抵数ヶ月かかるので、選挙が近くなったから登録しようと思っても間に合わないのです。未登録の人は、数ヶ月前から選挙があることを予想して登録しなければならないのです。

 この在外選挙人登録、平成6年5月以降に日本を離れた人は、日本での最終住所地の選挙管理委員会に、それ以前に日本を出国した人は本籍地の選管に送られ、そこに登録されます。これは全く行政側の都合だけでこのように決められていて、どこの選管に登録するかは本人に決めさせるべきだと思います。私の場合は、本籍地も最終住所地も八戸だから構いませんが、私の妻は本籍が八戸、出身は仙台ですが、平成6年12月にアメリカへ発つ前は東京に住んでいたので、東京の選管に登録されました。よって、2000年6月の衆議院選挙では、私は東北比例区に、妻は東京比例区に一票を入れたことになります(在外投票は、今のところ衆参両議院選挙とも比例区のみが対象で、これも改善の余地ありです)。このように、登録手続きに関する様々な問題のために、2000年の第一回在外投票の時点では、全海外在住有権者59万人のうち、約一割に相当する6万人程しか在外選挙人登録をしなっかたのです。

 第二の問題は、在外投票は公示日から投票締切日の間いつでも投票できるのですが、その投票締切日が日本での投票日より約一週間ほど早いということです。この投票締切日は、各大使館や領事館ごとに定められていて、ブリスベン日本総領事館ではおとといの月曜日でした。なぜ締め切りがこんなに早いかというと、在外選挙の投票用紙は、必ず各大使館員が日本の投票日までに日本に持ち帰らなければならない、という決まりがあるからです。そのため、日本から一番遠い南米の国々では、日本の投票日より10日も前に在外投票を締め切るところもあるそうです。オーストラリアから日本まで一週間、南米から10日もかかるとは思えませんが、まあ安全策をとっているのでしょう。全世界に163箇所もある日本大使館や領事館から、大使館員が投票用紙を持って日本まで往復するとは、旅費だけでも大変な国費の支出だと思います。しかし、この投票期間締め切りに関する一番の問題は、投票結果に影響が出ることではないでしょうか。2000年6月のケースでは、ワシントンでの在外投票締め切りの後に、例の森首相による「無党派層は寝ててくれれば」発言が飛び出しました。もし在外投票の締め切りが遅ければ、違う政党に投票した海外在住者もいたかもしれません。

 最後に第三の問題は、海外在住者への各候補者、各政党のキャンペーン情報の不足です。私は日本に関する情報のほとんど全てをインターネットで収集しますが、現在の公職選挙法は、公示日以降の候補者や政党のホームページの更新を禁じているのです。これは全くの時代遅れで、特に海外在住者にとっては、選挙に関する情報源を絶たれたも同然です。

 以上、主に2000年の第一回在外選挙の経験から、在外投票制度の問題点を指摘してみました。あれ以来、もしかしたら改善されている点があるかもしれません。また、在外投票制度に対する理解不足から、万が一誤った情報があれば、お詫びしたいと思います。でもこの制度、いろんな点で改善の余地があるのは事実だと確信しています。インターネット投票が実現すれば、ほとんどの問題が解決されると思うのですが。



投票は義務、棄権は罰金 (2001/07/26)


 選挙の話題が続きます。ご存知の方も多いと思いますが、オーストラリアでは国政、地方レベルの選挙とも、投票が義務付けられています。棄権者には30ドルくらいの罰金が科せられます。このため、全ての選挙で投票率はいつも100%に近いそうです。しかし、棄権者から実際に罰金を徴収するかどうかというと、徴収しないことが多いそうです。課長のマークによるとその理由は、罰金徴収を実際に行うかを決定するのは、その選挙で当選した政治家たちであり、罰金を徴収すると、徴収された人は次の選挙でもうその政治家には投票しないので、それを怖れて罰金を徴収しないことが多い、ということでした。何かそれも情けないような気がしますが、この罰金制度が確実に投票率の向上に寄与しているのは事実のようです。

 在外投票の話題のついでに、「国民」と「住民」ということを考えてみたいと思います。私は現在オーストラリアに住んでいるので、日本の住民ではありません。しかしどこに住んでいようと、日本国民であることには変わりがありません。だから、日本の国政レベルの選挙には当然参加するべきであり、改善の余地があるとはいえ、在外投票制度の誕生には喜んでいます。逆に、日本に定住している外国人は、日本国民ではないけれど、その街の住民であり、住民サービスを扱う地方自治体レベルの選挙に参加してもいいのではないかと思うのです。国民には国政への、住民には地方政治への投票権を、ということです。確かこういう法案が日本の国会に提出されて、あまり審議もされないまま、ずるずると引き伸ばされていたような記憶がありますが、どうなったんでしょうか。反論もお待ちしています。



アイデアの祭典 (2001/07/27)


 8月16日から4日間ブリスベンで、「アイデアの祭典(Ideas Festival)」というのが開催されます。これは、世界各国から、様々な分野で斬新なアイデアを持っている著名人をブリスベンに招待して、市民と意見交換をしてもらおうという実に大胆な企画です。アメリカのノーベル医学賞受賞者、イギリスの女性活動家、チリの数学兼生物学者、タイの仏教僧などなど36人のゲストが予定されています。テーマは科学、政治、建築、芸術、医学など何でもありです。何か脈絡がないような気がしますが、こういうのもいいのかもしれません。残念ながら、私はちょうどこの時期ワシントンに戻っている予定なので、参加できませんが。

 このイベントも、常にブリスベンを世界に知らしめようと心がけている、スーリー市長のイニシャチブだと聞きました。先日、この「アイデアの祭典」のスポンサーを招待した会合で、スーリー市長のスピ−チを聞く機会がありました。その中でスーリー市長は、「ブリスベンはIT革命では遅れをとったが、アイデア革命では最先端を行かなければいけない。このアイデアの祭典を通じて、市民に世界のいろんな斬新なアイデアを知ってもらい、同時にブリスベンからいろんなアイデアを世界に発信していきたい。できれば、毎年は無理でもせめて2年に一度、このイベントを継続して開催したい」と語っていました。さらに付け加えて、「この祭典に招待されているゲストのアイデアを、私の政権が支持しているとはくれぐれも誤解しないでください」と強調していました。誰か過激なアイデアの持ち主が参加するのかもしれません。スーリー市長のスピーチを聞いていて、「君の意見には100%反対だけれども、君がその意見を表明する権利は、命を賭けても守る」という、民主主義の原則に関する誰かの言葉を何故か思い出しました。



日米リーダーシップ・プログラム (2001/07/28)


 今日はこれから、シンガポール経由で関空まで飛びます。神戸で開催される「日米リーダーシップ・プログラム」に参加するためです。このプログラムは、ニューヨークに本部のある米日財団が主催するもので、日米双方から42歳までの各界の若手リーダーを20人ずつ集め、一週間合宿をして、様々な議論をしたりして友情を育もうというものです。元駐日マンスフィールド大使が「世界で最も重要な二国間関係」と呼んだ、日米関係の将来の発展に寄与しようというものです。2年連続の参加が義務付けられており、来年のシアトル会議にも参加する予定です。

 こちらのオーストラリア人にこのプログラムの話をしたところ、「どうして日米だけでやるの?」と不満そうでした。日米以外の人には、「最も重要な二国間関係」なんて傲慢に聞こえるでしょうね。それと、こちらの皆は私がワシントンにずうっといたことを知っているので、「お前は日米どちらの代表で出席するの?」と必ず聞かれます。私は、「娘は日米両方の国籍を持っていますが、私は日本国籍しかないので、当然日本側の一員です」と答えます。

 先日、このプログラムの参加者の顔写真とプロフィールを載せた資料が送られてきました。それを見ていて面白いことを発見しました。日本からの参加者20人の写真のうち、歯を見せて笑って写っているのは私たったひとりでした。一方アメリカ側は、20人中11人が歯を見せていますし、歯が見えなくてもにっこりと微笑んでいる人が多いです。これは、証明写真における文化の違いでしょうか。ちなみに私の写真は、以前ワシントンで撮ったもので、カメラマンに無理やり笑わされたのを覚えています。

 この日米リーダーシップ・プログラム、夜もびっしり内容が詰まっているため、この「ブリスベン通信」はほとんど更新できないかもしれません。悪しからず。このプログラム終了後は、2週間夏休み(こちら南半球では冬休みですが)をとって、ワシントンに帰ります。



Local & Global〜地方公務員から転身した国際公務員のサイト
( http://www.keicho.com )