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BRISBANE 通信(August 2001)



時差ボケ (2001/08/07)


 昨日は、ワシントンに着いて二日目だったんですが、お昼前にちょっと眠くなったので横になったら、目が覚めたのは夕方の4時半でした。お陰で現在は夜中の2時ですが、眠れないのでこれを書いています。

 誰かが言ってましたが、1時間の時差を完全に克服するのには1日かかるそうです。この論理でいくと、日本とワシントンの時差13時間を克服するのには、13日かかることになります。これでは、時差を克服した途端にブリスベンに帰ることになり、また向こうで約2週間時差ボケ状態ということになってしまいます。

 私はそもそも時差調整がとてもへたで、世銀で南アジアにしょっちゅう飛んでいた時も大変でした。飛行機でもほとんど眠れませんし、メラトニンも何度か試しましたが、効きませんでした。これは絶対に効く、という時差ボケ克服法があれば、誰か教えてください。



2歳半の娘の英語 (2001/08/08)


 2歳半になる上の娘が、2ヶ月半ぶりの私のことを覚えていてくれたことには、ホッとしました。よくブリスベンから電話を入れていたためでしょうか。この2ヵ月半で、この子の英語がかなり上達していたのには、びっくりさせられました。昨日なんか、夕食にきゅうりを食べていて、私が「きゅうり食べる?」と日本語で聞くと、「That's not a きゅうり. It's a cucumber.」と言われてしまいました。こちらが日本語で話し掛けても、返答は必ず英語です。発音も良すぎて、時々こちらがわからない時もある程です。

 この子は1歳半の時から、ワシントン郊外のデイ・スクールと呼ばれる保育園と幼稚園を合わせたような所に通っています。そこで英語を覚えて来るのです。通い始めた当初は、「NO」という言葉を真っ先に覚えてきて、何に対してもNOと言うので、「NOと言える日本人」と呼ばれていました。最近では単語だけではなく、きちんとした文章も言えるようになっています。2歳半にして、その辺の日本の大学生よりは、よっぽど英語がうまいです。悩みは日本語がほとんど話せないことですが。



自立心か愛情か (2001/08/09)


 日米リーダーシップ・プログラムの際のディスカッションでも少し話題に上ったのですが、親と子が同じ部屋で寝るかどうかということに、日米間で大きな違いがあるようです。アメリカでは一般的に、子供は赤ん坊の時から親とは別の部屋で寝させます。これは、小さい時から自立心をつけることを目指しているためです。一方日本では、少なくとも子供が小さいうちは、親と同じ部屋で寝る場合が多いのではないでしょうか。絶え間ない愛情を注ぐという意味もあるかもしれません。私の親の世代などは、親子別々の部屋で寝ると言うと驚いていました。

 ちなみに我が家では、アメリカ式です。2歳半になる上の娘は、一時期ひとりで寝るのを怖がって泣いたり、夜中に何度も起きて、泣きながら親の寝室に来たものでした。かわいそうでしたが、心を鬼にして一人で寝させるようにしました。最近はようやく自立心がついたのか、ひとりで寝ることが平気になりました。下の娘はもうすぐ一歳ですが、こちらは今のところ親と別々でも泣きません。まあ、この子の方は、まだ物が分かってないのでしょうが。

 この点における日米の考え方の違いは、とても興味深いものがあると思いませんか。子供が別の部屋で泣いた時にもすぐわかるように、専用の小型無線機も売られています。もしかしたら、日米の住宅事情の差も関係があるのかもしれませんね。



妻は出張、僕は子守り (2001/08/10)


 実は、今週の土曜日まで妻が出張しています。行き先は、トリニダード・トバゴ。彼女は中米への投資を担当しているため、行き先はトリニダードやコスタリカなど、仕事で行くとはいえリゾートっぽいところが多くて羨ましいです。僕はと言えば、最近はずうっとパキスタンとバングラデシュでした。まあ、今はブリスベンだからいいけど。

 妻の出張は、僕のワシントンへの一時帰省に合わせてアレンジしたものです。そうじゃないと、僕の単身赴任中、彼女は幼い娘二人を抱えて出張に行けないので。僕がブリスベンに赴任する前も、彼女は毎月のように中米に飛んでました。それは、僕がワシントンを離れる間、彼女は出張ができなくなるので、僕の赴任前に出張の伴う仕事を片付けようとしていたためです。

 日中はナニー(子守りのおばさん)が来てくれるし、ナニーに頼めば、泊り込みで子供たちの面倒を見てもらうことも可能です。だけど、まだ子供が小さいので、万が一の事故などに備えて、親が二人とも同時に外国にいるという状況は避けようということが、夫婦の間の取り決めです。だから、妻がどうしても海外出張に行かなければならないような時は、また今回のように、ブリスベンからワシントンに一時帰省することになりそうです。というわけで、今週は子守りに専念しています。2ヶ月半ぶりの娘たちとの触れ合いを楽しんでいます。



三兎一竜 (2001/08/11)


 「日米リーダーシップ・プログラム」で京都を案内してくれた英語のガイドさんに聞いた話です。家族の中に、同じ干支が三人以上いると、その家族は幸福になるということです。聞いたことありましたか。

 あまり意識したことはなかったのですが、実は我が家はそうでした。僕と妻が両方ともウサギ年生まれで、長女もウサギです。唯一次女だけが、竜年生まれです(仲間はずれみたいで、ちょっとかわいそう)。こういうのって珍しいんでしょうね。まあ、三つ子が生まれれば、一遍に三人の同じ干支が家族にできちゃうんでしょうが。この迷信、信じることにします。



ジョージ・パッカード氏 (2001/08/13)


 「日米リーダーシップ・プログラム」で大変お世話になった米日財団理事長のジョージ・パッカード氏の話題です。彼は日本の専門家で、以前はワシントンにある名門ジョンズ・ホプキンス大学国際問題高等研究所(SAIS)東アジア研究学部の学部長だったということです。

 実はこの人、1961年に日本留学中に休みを利用して東北地方を旅行し、なんと私の故郷・八戸に立ち寄ったというのです。その際、八戸の港からイカ釣り舟に乗せてもらい、捕れたイカを舟の上でかじらされたと、とても懐かしそうに話してくれました。

 1961年といえば私が生まれる前です。船長さんの名前も覚えてないし、当時既に年配だったのでもう生きてはいないだろうとのことです。八戸で誰か、1961年に訪れた長身のパッカード青年を覚えている人いませんかねえ。



出入国カード (2001/08/14)


 先日、ワシントンに来るために成田空港から出国する際に気づいたのですが、「出入国カード」が廃止されていました。空港の係員によると、今年の7月から日本人に限り、「出入国カード」が不要になったとのことです。おかげで、出国審査が比較的スムーズでした。以前は出国審査の際、職員がパスポートとこの出入国カードをチェックし、出国カードと入国カードを切り離し、入国カードをパスポートにホッチキスで留めるという作業をしていました。そのため、一人当たりの出国審査に数分かかり、混雑時には出国審査場に長い行列ができ、ひどい時は一時間近くも待たされることがありました。今回は夏休み中にもかかわらず、行列も短く、審査もあっという間でした。出入国カードの廃止が大きな要因のような気がします。

 ただ、どうしてこれが日本人だけなのでしょうか。私の外国人の友人たちに言わせると、成田空港が嫌いな理由は主に三つあり、一つ目は混雑 (特に出入国審査の際の待ち時間の長さ)、二つ目は東京都心への時間距離の長さ、そして三つ目がタバコの煙だそうです(喫煙所が閉鎖空間ではない、というか、喫煙可能な空港自体が先進国では珍しいのでは)。そのため、日本に出張する時以外は、絶対に成田を経由したくないという人もいます。関係者は、こういう外国人利用者の声にも耳を傾けるべきではないでしょうか。とりあえず、外国人の「出入国カード」も廃止してあげて下さい。



AOL (2001/08/15)


 私が使っているインターネットのプロバイダーは、アメリカ・オン・ライン(AOL)です。世界中ほとんどの都市にアクセス・ポイントがあり(八戸にもある)、ローカル通話料金で利用できるので、私のような「旅行者」には最適だと思っていました。元々はワシントンで加入し、毎月20ドルくらいの固定利用料金で使い放題という契約でした。

 ところが、最新のAOLの請求書を見てびっくり。何と、400ドル以上(約5万円)も請求されているのです。これは、電話料金ではなく、AOLへのアクセス料金です。日本やオーストラリアなどアメリカ以外の国でアクセスすると、「割増料金がかかります」という画面が出るので、何か変だなあと思っていたのですが、こんなに高いとは思いませんでした。確かに6月末から7月にかけては、このホームページの立ち上げに向けて、ブリスベンでかなりの時間インターネットにアクセスしていたように思います。電話料金がローカルでも、海外でのアクセス料金がこんなに高くては、はっきり言ってAOL使えないです。

 一説によると、AOLはアメリカ以外では地元の企業と合弁会社をつくっていて(日本ではドコモと合弁)、そちらに利益を回すために、割増料金を科すんだと最近聞きました。いずれにせよ、ブリスベンに帰ったら、早速オーストラリアの安いプロバイダーに乗り換えるつもりです。今日のワシントン・ポストは、AOLが全世界に抱える9千人の従業員のうち、近々約千人をレイ・オフすると伝えています。



最高級IH炊飯器 (2001/08/16)


 ワシントンの我が家では、アメリカで手に入る炊飯器の中では最高級品の、M社製・IH炊飯器を使っています。どうしてこの炊飯器を手に入れたか、という経緯がとても変わっているので紹介します。

 実は、以前は同じM社製で、かなり安めのマイコンジャー炊飯器というのを使っていました。去年の秋頃、この炊飯器の内鍋を私が洗っていたところ(我が家では食後の食器洗いは私の役目です)、内鍋のふちで左手親指をかなり深く切ってしまったのです。この内鍋のふちは、不必要に鋭い構造になっていて危ないので、一応M社のカスタマー・サービスにケガのことを報告しました。すると、「その内鍋を調べたいので現物を送ってくれ」、と言うではありませんか。さっそくニュージャージーにあるM社のアメリカ本部に送りました。

 問題はそれからです。いつまで経っても、M社から音沙汰がないのです。その間我が家では、キャンプの様にふつうの鍋でご飯を炊いたり、ご飯をパンや麺に変えたりして急場を凌いでいました。痺れを切らせて、何度もM社に電話で問い合わせたのですが、アメリカ人の担当者は、「今調査中だ」とか、「もう少しで炊飯器を返せるはずだ」とか言うばかりで、全く埒があきませんでした。そんなこんなで、約2ヶ月が過ぎたあたりで、もう我慢ならないと、私はM社に喧嘩をしかけました。「お前の上司に抗議の手紙を書くから上司の名前を教えろ」、「この2ヶ月間の補償を要求する」、「インターネットで今までの経緯を世界中に公表する」などなど、かなり強い口調で怒りを電話にぶつけました。

 その電話から数時間して、そいつの上司宛てに正式な抗議文を書こうと思っていると、M社のTさんという少し偉そうな日本人から、丁重なお詫びの電話がかかってきました。彼が言うには、「自分は全くこの件について知らされておらず、2ヶ月もお客様の炊飯器をあずかって、何の代わりも与えないなんて、彼自身にも考えられないことだ。アメリカ人は、日本人にとって、ご飯がいかに大事なものであるかを全く理解しておらず、困ったものだ」、とのことでした。そして、「お詫びの印に、当社の最高級炊飯器を送るのでご勘弁を」というので、私も怒りを静めました。私は、担当者の対応のまずさをあらためて指摘し、社員教育の重要性をうったえました。さらに、あの内鍋の危険度の調査結果を必ず教えてくれ、とお願いしました。Tさんも、「お米を研いでいたり、鍋を洗っていたりして、手が濡れている時は切れやすいのかもしれない」と、再調査を約束してくれました。その翌日早速、約束の最高級・IH炊飯器というのが届いたのです。

 それからひと月半程して、このTさんから手紙を受け取りました。それによると、再調査の結果、例の炊飯器の内鍋はやはり危険な傾向があるので、M社にて全数内鍋の交換を実施する、という結論に達したとのことです。その手紙は、「慶長様のご連絡により、弊社商品の品質を確保することができ、改めてここに大変感謝申し上げる次第です」と締めくくられていました。Tさん、約束どおり、再調査の結果を教えていただきありがとうございました。お陰様で、最高級の炊飯器で炊いた、おいしいカリフォルニア米を食べています。



似非日本食レストラン (2001/08/17)


 ワシントン郊外の我が家のすぐそばに、A(スーパードライで有名な日本のビール会社と同じ名前)という日本食レストランがあります。今回の滞在中も、近いので何度かランチを食べに行きました。ここは、韓国人が経営していて、板前さんもウェイトレスも皆が韓国人です。だけど、看板は「Japanese Restaurant A」となっています。メニューは、日本食と韓国料理がまざっていますが、主流は日本食みたいです。

 ワシントンにはこのように、日本人以外のアジア人が経営している日本食のレストランっていうのが、結構多いんです。そのため、私にとっては味はイマイチです。Aの場合も、韓国風の味付けなのか、ちょっと本物の日本食とは違います。Aでは、店に入ると必ず「いらっしゃいませ」と店員が日本語で声をかけてきますが、その後は全て英語です。以前、「出身はどちらですか」と英語でウェイトレスに聞いたときに、彼女は「Japan」と偽りました。そこまでするかなあ、と不思議になりました。

 アメリカでは、「日本食」は低カロリーでヘルシーだと信じられています。一方、韓国料理は何故かあまり人気がないようです。そういう理由で、味はともかく看板だけは日本食で、日本風な店作りにして、アメリカ人を引き付けようとしているのでしょう。何も知らないアメリカ人は、これが日本食だと思って食べているわけです。私は韓国人がつくる日本食より、韓国人がつくる韓国料理の方がよっぽどおいしいと思うのですが。



髭(ヒゲ)の話 (2001/08/18)


 私が世の中で最も嫌いなもののひとつに、髭を剃ることがあります。私の髭は結構くせもので、あっち向いたりこっち向いたりしているので、きれいに剃るには一苦労です。おまけに、絶対に剃り残しなどは許せないA型の几帳面な性分が災いし、主力はブラウンの電気カミソリですが、T字型安全剃刀や時には毛抜きをフル動員して、剃り終わるのにはいつも約一時間を要します。さらに悪いことに、こんなに長時間カミソリをあてているためか、あるいは皮膚が弱いのか、剃り終わったあとは、髭剃り跡が真っ赤でヒリヒリします。もう髭剃りなんか大嫌いで、いっそのこと永久脱毛しようかと時々思います。

 そういう訳なので、休みの日は絶対に髭を剃りません。今回ワシントンでの2週間の夏休み中も、髭を剃ったのは大事な人に会った時だけの4回くらいでした。最近は、イチローや中田英寿が無精髭スタイルを流行らせているので、多少無精にしていても、ファッションだと言い訳ができていいですね。

 自分で髭を剃るのは大嫌いですが、日本の床屋で髭を剃ってもらうのは大好きです。あの蒸しタオルの感触は最高ですね。おととい、ワシントンで前によく行っていた床屋に行きました。アメリカの床屋は、髭を剃ってくれないんです(ごくまれに例外はありますが)。その最大の理由は、エイズやその他の病気があるため、理容師もお客さんもカミソリの使用を恐れるからです。日本のように、きちんと熱消毒をすれば問題ないと思うのですが、どうなんでしょうか。そういえば、私が行くようなアメリカの一般的な床屋では、櫛も鋏も消毒せずに、前のお客さんの時に使ったものを平気でまた使います。



BACK TO 単身赴任 (2001/08/19)


 今、ワシントンのダレス国際空港のラウンジでこれを書いています。これから、成田経由でブリスベンへ帰ります。ワシントンから成田までが約14時間で、成田で5時間ほど待ち合わせをした後、成田からブリスベンまでが8時間半程です。今はワシントン時間の土曜日のお昼ですが、ブリスベン到着は現地時間の月曜日の朝になります。月曜日から出勤の予定ですが、あんまり疲れていたら休んじゃうかもしれません。

 ワシントンとブリスベンは、日本とブラジルのように、おそらく地球の正反対の位置に近いんじゃないでしょうか。当然直通はないわけで、日本経由で飛ぶか、カリフォルニア経由で飛ぶかのどちらかです。カリフォルニア経由で行くとなると、飛行機に乗ってる時間は日本経由の場合よりも短いのですが、ワシントンからロサンジェルス、ロサンジェルスからシドニー、シドニーからブリスベンと乗り換えが2回になり大変です。日本経由だと、乗り換えは成田の一回だけで済みます。まあ、どちらにしても長旅です。

 将来のキャリアのためになると、自分で希望したブリスベン市への出向ですが、やはり地球規模の単身赴任も楽じゃないです。家族と離れるのは、やっぱりつらいです。家庭と仕事のバランスは本当に難しい問題ですが、この出向が終わったら、ウェートを少し家庭の方に動かそうかと思っています。少なくとも、単身赴任はこれで最後にしたいですね。

 この2週間は、「ブリスベン通信」ならぬ「ワシントン通信」でしたが、来週からは、またオーストラリアのブリスベンからのリポートです。お楽しみに。



家畜を守る靴磨き (2001/08/20)


 3週間ぶりにブリスベンに戻ってきました。真冬だというのに暑いです(25℃くらい)。昨日、乗り継ぎで立ち寄った真夏の成田と同じくらいでしょう。今朝9時くらいにアパートに着いたのですが、いつものように飛行機ではほとんど眠れなかったので、疲労困ぱいで仕事は休んでしまいました。

 オーストラリア入国の際には必ず、「過去3ヶ月に外国で農場に行きませんでしたか」と尋ねられます。私は「農場には行きませんでした」、といつも答えるので問題はないのですが、もし仮に「農場に行った」と答えると大変だそうです。オーストラリア入国前に、どこかの国の農場に行った人は、まず履いている靴をチェックされ、付着の土を顕微鏡で調べられ、靴を入念に磨かされるため、入国が大幅に遅れるそうです。オーストラリアは、オージー・ビーフや羊に代表されるように、その経済の主要な部分を家畜産業が担っています。狂牛病や口蹄疫が流行っている現在では、そういった病気が万が一オーストラリアに入ってくると、この家畜産業は大打撃を受けてしまいます。だからこそ、靴に付着した土にまで神経質になるのだそうです。入国の時に履いている靴と、農場を訪れた時に履いていた靴が違う場合はどうするのでしょうか。ちょっと疑問です。ともあれ、オーストラリアに来る人は、入国前3ヶ月間はなるべく農場に行かない方が無難みたいです。是非覚えておいてください。



勤務時間は7時間15分 (2001/08/21)


 今日は、夏休み後初出勤の日でした。時差ボケで午前3時に起きたので、午後は眠くて大変でした。何とか持ちこたえられたのは、短い勤務時間のお陰でしょう。ブリスベン市庁の勤務時間は、7時間15分です。これは、8時半に出勤して、昼休みを30分で切り上げれば、4時15分にはもう帰ってもいいということです。一応タイムシートの記入が義務づけられていて、出勤時刻と退庁時刻、それに昼食や休憩の時間を自己申告することになっています。7時間15分を超えて残業をした場合は、その超過分をタイムシートに記録して、あとでまとめて休むこともできます。例えば、一日1時間半ごと残業を5日すれば、トータルで7時間30分超過したことになり、これは一日の勤務時間を超えているので、一日休めてしかも15分お釣りがきます。この残業時間累積休暇制度(と私が勝手に名づけたのですが)は、有給休暇とは別に休めるとてもいい制度だと思います。

 夏休み前のことですが、最近ブリスベン市庁に加わったという人たちと、ある会議で一緒になりました。シドニーからブリスベンに移ってきたというAさんと、最近までブリスベンの民間企業で働いていたというBさん(いずれも当然オーストラリア人)です。二人とも、ブリスベン市庁の短い勤務時間をエンジョイしていると話していました。Aさんは「シドニーの人たちはもっと長く働く」と言い、Bさんは「ブリスベンだって民間はもっと勤務時間が長い」と言っていました。私は「オーストラリア中が全部、このように勤務時間が短いのかと思った」と言うと、二人とも「ブリスベン市庁は特別だ」と口を揃えていました。何か、ブリスベン市庁に来て得した気分です。



模範的雇用主とは (2001/08/23)


 ブリスベン市庁は勤務時間も短いんですけど、その他に「家庭と仕事のバランス」を重視した制度がいくつかあります。そのひとつが、パートタイム制の導入です。僕の知っているロビンさんは、週に4日だけしか働かず、金曜日は毎週休みです。給料やその他のベネフィットは5分の4になりますが、自分の時間や家族と過ごす時間が増えたので満足だそうです。また、キャシーさんは毎日1時から6時までの5時間勤務だそうです。これだと給料はフルタイムの場合の約3分の2になります。このように、個人のライフスタイルに合わせていろいろな勤務形態が可能なようです。その場合、給料やベネフィットは、通常のフルタイム雇用の勤務時間に対する比例配分となるようです。

 こういう制度があると、小さな子供や、介護が必要な家族がいる時はパートタイムにして、その必要がなくなったら、またフルタイムに戻るということも可能です。優秀な人材を確保し、またその確保した人材を長く引き止めるには、このような「模範的雇用主」を目指した人事制度が不可欠だという認識なようです。結局、「人はパンのみによって生きるのではない」ということでしょう。



冬の終わりのハーモニー (2001/08/24)


 ワシントンから戻ってきてからのブリスベンは、何か日中暑いんです。南半球だから、ちょうど季節を半年逆転させても2月末くらいの気候で、まだ冬のはずなんですが。こちらの人は、「もう冬は終わった」と言ってます。結局、亜熱帯ブリスベンの冬はこんなもんなんでしょう。「私の出身地の八戸の夏より、ブリスベンの冬の方が暑いです」と言うと、こちらの人はびっくりしますが、それは本当です。

 私のオフィスは北西に面している窓側ですが、いつもブラインドが下りています。その理由がやっとわかりました。午後西日が当たってめちゃくちゃ暑くなるのです。昨日の午後は、ブラインドが下りていても、かなり暑かったです。「その席では、そろそろ扇風機を買った方がいいかも」と同僚に言われました。ブリスベンは、これから長〜い夏です。



オーストラリアン英語 (2001/08/25)


 夏休み中のワシントンで、元の同僚に、「おっ、まだオーストラリア訛りになってないな」とか、「オーストラリアのアクセントを身につけて帰ってくるなよ」とかよく言われました。結構知られていることですが、オーストラリアの英語って、かなり変わっているのです。少なくとも、アメリカ英語とは全然違います。アクセントも変わっているけど、使う語彙も変わっています。アメリカではほとんど聞いたことがなかったボキャブラリーを、オーストラリアではしょっちゅう耳にするというのがいくつもあります。口の悪いアメリカ人によると、「あれは英語じゃなくて別の言葉だ」そうで、英語のネイティブであるアメリカ人にも、時々オーストラリア人の英語は本当にわからないと言います。私は今のところ仕事ではほとんど問題はないのですが、雑談になればなるほど、わからないことが多いです。そんな時は「もっとまともな英語を喋れよな」とか思いますが、それでも人によっては、私にとって分かり易いアメリカ英語に近い英語を話すオーストラリア人もいるんです。

 ブリスベンには若い学生風の日本人が多いんですが、ほとんどが英語を勉強しに来ている若者だと聞きました。オーストラリアは物価や学費も安いので、アメリカやイギリスではなく、最近はオーストラリアに英語を学びに来る日本人が増えているそうです。「オーストラリアに来てみて、あっ、ここの英語は英語じゃないって気づいて後悔する人も多いんですよ」と、ある人が言ってましたが、そこまで言っちゃあ可哀想ですよね。世界にはいろんな英語があるっていうのを学ぶだけでも、いい経験だと思いますけど。



危険な仕事 (2001/08/26)


 今日のブリスベンの地元紙に、日本における「危険な仕事」についての記事がありました。ゴールドコーストのある会社が、その仕事に就かせようと、オーストラリア人の若い女性をリクルートしているという記事です。そのヤバい仕事とは、バーのホステス。

 六本木でホステスをしていて殺された、あのイギリス人・ルーシーさんの例などを挙げながら、日本でホステスをすることは、かなり危険だという論調です。在日オーストラリア大使館員の、「そもそもそういう仕事をしに、日本に来てはいけない」という言葉も載ってました。ホステスって、そんなに危険な仕事なんでしょうか?ルーシーさんの事件は特殊な事件のような気がしますが。少なくとも、日本の地方都市のホステスさん達は、危険にさらされていませんよね。



安全(?)な国オーストラリア (2001/08/27)


 私はアメリカから来たので、オーストラリアは安全な国というイメージがあるのですが、皆さんはどうでしょうか。「豪州かわら版」という、オーストラリアの生活情報を扱ったメールマガジンの最新号によると、この国は日本ほど安全ではないようです。それによると、人口10万人当たりのオーストラリアの犯罪発生件数は、日本に比べて、殺人3倍、性的暴行11倍、侵入窃盗14倍、誘拐30倍、自動車窃盗29倍、暴行傷害44倍、強盗78倍だそうです。日本も最近治安が悪くなってるようですが、こういう統計を見ると、数字の上では、まだまだ日本は世界的に見て安全な方なんだなあ、と思います。

 私が話をしたほとんどのオーストラリア人は、アメリカの銃社会について嫌悪感を持っていて、オーストラリアは安全でよかったと口を揃えます。ワシントンに居たことのあるデビッドは、ワシントンで銃規制を求めるデモに参加したことがあるそうです。小学生の娘も連れて行こうと思ったけれど、万が一、銃規制に反対する過激派が現れて銃をぶっ放すといけないから、娘をデモに連れて行くことは思いとどまったと言っていました。やはり子供はできるだけ安全な所で育てたいものです。



海軍提督の塔 (2001/08/28)


 私のブリスベンでの住居は、Admiralty Towerという名の27階建て高層アパートの8階です。このアパート名、日本語に訳すと「海軍提督の塔」と、かなり物々しくなります。実はこのアパート、私がアメリカで住んだどのアパートよりも、セキュリティがしっかりしているのです。

 まず当然のことながら、居住者以外は自分でアパートに入れません。居住者には、カードキーか、フォブと呼ばれる灰色の小さなU字型の特殊な鍵が発給されます。私はフォブを使っていますが、アパートの玄関を開ける時だけでなく、エレベーターで自分の階に行くのにも、この特殊な鍵が必要なのです。しかも私のフォブでは、私が住んでいる8階以外には行けないようになっています。要するに、居住者でも、自分が住んでいる階以外にはアクセスできない仕組になっているのです。このため、仮に誰かが何らかの方法でアパートに忍び込んだとしても、この不審者はエレベーターを動かせないのです。

 来客の場合は、客が玄関の外にあるインターホンにアパート番号を入力すれば、室内の画面つきインターホンにつながり(誰が来たかが画面でわかる)、室内からワンタッチで玄関のドアを開けることができます。その客も、エレベーターでは私の階以外には行けません。

 アメリカならまだしも、果たしてブリスベンでこれだけのセキュリティが必要なのかと疑問に思いますが、安全だけは、安全過ぎて困るということはありません。ただ、これだけしっかりとしたセキュリティ・システムは、当然高い家賃に反映されているでしょう。昔の日本のように、鍵をかけなくても泥棒など入らないというのが理想でしょうが、残念ながら現在は、安全をお金で買う時代のようです。



:-(  +  [_]?  = :-)  (2001/08/29)


 皆さん、これ何だか分かりますか?ちょっと考えてみてください。これは、ブリスベンの市営バスの胴体に掲げられている、ある広告です。5月末にブリスベンに来てから、この広告を見るたびに結構気になっていたのですが、最近ようやくこの意味が分かりました(と自分で思っています)。

 この謎を解く鍵は、「むっつりマーク」と「にっこりマーク」の間にある物体が何であるか、を解明することにあります。2ヶ月以上もかかって、ようやく分かりました。これは、おそらくティーカップでしょう。よく見るとティーカップに見えますよね。要するに、この広告は、「一杯のティーで機嫌を直して」というような意味なんでしょう。どうりで、広告主はリプトンでした。



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