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BRISBANE 通信(February 2002)



前進あるのみ (2002/02/01)


オーストラリア連邦政府の紋章(Coat of Arms)  オーストラリア連邦政府の紋章は、とてもユニークです。以前も何度か目にしていたのですが、キャンベラの連邦議会議事堂の正面にも取り付けられていました。この紋章は、左側のカンガルーと右側のエミュが盾を支える格好になっているのです。英語では「Coat of Arms」と呼ぶそうです。

 カンガルーは皆さんよくご存知でしょうが、エミュは知ってますか?エミュは、ダチョウに次いで世界で二番目に大きな鳥で、オーストラリア原産です。

 この紋章を初めて見たときから気になっていたのですが、どうして数あるオーストラリア原産の動物の中から、カンガルーとエミュが連邦政府の紋章に選ばれたのでしょうか。オーストラリアには、コアラや、カモノハシや、ワライカワセミや、ハリモグラや、クロコダイルや、ウォンバットや、エリマキトカゲなどなど、ユニークな動物がいっぱいいます。どうしてこれらではなく、カンガルーとエミュなのでしょうか?

 キャンベラでガイドをしてくれたダイアナさんによると、「カンガルーとエミュは、後ずさりできないから」だそうです。要するに、後ろ向きに歩けないので、「前進あるのみ」なんです。ということで、オーストラリアも後退せず、「前進あるのみ」で行こうということで、この二つの動物が選ばれたという説があるそうです。これを聞いて、笑ってしまいました。コアラは木から下りる時、お尻の方から後ずさりして下りますが、カモノハシは後ずさりできるのかなあ?

 あなたの街にもし、オーストラリアの大使館があれば、この紋章を探してみてください。きっとどこかにあるはずです。この紋章は、オーストラリアの50セント硬貨のデザインにも使われています。



KFC と JFC (2002/02/02)


 KFCは皆さんご存知のように、「Kentucky Fried Chicken(ケンタッキー・フライド・チキン)」ですが、それではJFCって知ってますか?「Japan Football Club」ではありません。「Japanese Fried Chicken」です。要するに、「日本風とりのから揚げ」。

 キャンベラの中心街で、たまたま見つけた日本食レストランにふらりと入った時、そこのメニューに「JFC」と書いてありました。最初は何のことか分からなかったのですが、メニューの説明を読んで納得しました。僕は「KFC」も結構好きですが、やっぱり「JFC」の方がおいしいですね。

 そのレストランは、「庵(いほり)」というシブイ名前で、本当にたまたま見つけたのですが、「当たり」でした。メニューはとても充実しているし、食事はおいしいし、従業員も皆さんとてもフレンドリーで親切でした。まだ4ヶ月ほど前にオープンしたばかりだそうです。僕がその日食べたのは、枝豆、揚げだしナス、焼き鳥、コロッケ、ししゃも、マグロやまかけ、イカの塩辛、そして最後にお寿司を少々。

 最近は、日本食が食べたいというよりも、「この土地の日本食屋さんにはどういうネタがあり、それはどこから仕入れているのだろう」という好奇心から、行く先々で日本食屋さんを訪れているような気がします。ちなみに、「庵(いほり)」のネタは、全てシドニーから来ているそうです。キャンベラの皆さん、この「庵(いほり)」はお薦めですよ。是非行ってみてください。



安全のカンタス、洗練のヴァージン・ブルー (2002/02/03)


 キャンベラに行った時に利用したのは、オーストラリア随一と言われる「カンタス航空」です。実は、カンタスに乗ったのは今回が初めてでした。このカンタス航空は、世界の主要な航空会社の中で、創業以来、乗員や乗客が死亡する事故を一度も起こしていない唯一の航空会社として有名なんだそうです。要するに、安全第一がモットーのようです。

 でも、サービスの方は全然でした。往路で、食事の際にリンゴ・ジュースをたのんだら、「リンゴ・ジュースは搭載していない」と言われました。リンゴ・ジュースを載せていない飛行機なんて、生まれて初めての経験です。復路では、飲み物を運んできたスチュワーデスさんに無視されて、飲み物にありつけませんでした。まあ、どうでもいいやと思い、不思議に腹も立たず、文句を言う気にもなりませんでした。ディナーは、行きも帰りも全く同じで、「春雨風サラダとパン」でした。

 それから、カンタスのスチュワーデスさん達の制服、何とかなりませんかねえ。どこか、日本の田舎の銀行員のような、垢抜けない制服でした。まあ、これは個人の好みによって印象が違うかもしれませんけど。僕は、個人的には、去年シドニーに行った時に乗った、新鋭「ヴァージン・ブルー航空」のスチュワーデスさんの制服が好きです(昨年11月29日の「ブリスベン通信」を御参照下さい)。あの制服、とても洗練された印象があります。

 ところで、そのヴァージン・ブルー航空について、ちょっと前のオーストラリアの雑誌に面白い記事が載っていました。ヴァージン・ブルー航空のある幹部が、自社のスチュワーデス達に、「下着の線が見えないように、搭乗時にはいわゆる『Tバック』の下着を着るように」、という命令を下したというのです。これに対して、当然ながら、労働組合が猛反発をしたという記事です。ヴァージン・ブルー航空の経営陣は、このような事実があったということを否定しているので、事実関係は分かりません。ですが、こういう事が話題になるっていうのも、あの洗練された制服のせいかもしれませんね。



「うちわ海老」って知ってますか? (2002/02/04)


 ブリスベンに来てからいろんなレストランに入るたびに気になっていたのですが、数日前に初めて「Moreton Bay Bug」というのを食べました。直訳すると、「モアトン湾の虫」ですが、何のことか分かりますか。

 「モアトン湾」というのは、ブリスベン川が流れ込み、ブリスベン市が面している湾のことです。ここに棲息するこの「モアトン湾の虫」というのは、日本では「うちわ海老」と呼ばれる海老の仲間だそうです。この海老は、しっぽっは普通の海老のようですが、胸のあたりから頭にかけて、文字通り「うちわ」のように幅が広がっています。何か、蟹と海老の合いの子のような姿をしているんです。大きさはロブスターをひと回り小さくしたくらいでしょうか。でも、幅が広いだけに身がぎっしり詰まっていて、食べ甲斐がありました。味は、極めてロブスターに近く、結構おいしかったですよ。



イルカンジ・クラゲ (2002/02/05)


 昨日に続いて海の生き物の話題です。しかし今日は、おいしい話ではなく、ちょっと恐い話です。

 年末のこちらの新聞に、クイーンズランド州北部の熱帯地域ケアンズ周辺の海で、「イルカンジ・クラゲ」という毒を持ったクラゲに数十人が刺されたため、遊泳禁止になったという記事が出ていました。さらに、数日前の新聞によると、遂にこのクラゲによる死者が出たそうです。亡くなったのは、イギリス人観光客でした。

 この「イルカンジ・クラゲ」は、親指の爪ほどのとても小さいクラゲらしいんですが、人を殺してしまうほどの威力を持っているんですね。職場の同僚達も、「この時期は、イルカンジ・クラゲが出るから、ケアンズに行っても泳がない方がいい」と、口を揃えます。あの辺りでは、4月くらいまでは泳がない方がいいそうです。唯一の防御策は、全身をスッポリ包むウェット・スーツを着ることだと言われています。サンシャイン・コーストやゴールド・コーストなどブリスベン周辺の海岸では、このクラゲのニュースは聞きませんね。きっと熱帯地方だけにいるクラゲなんでしょう。

 「クイーンズランド州政府は、観光産業を守りたいあまりに、このクラゲの本当の恐ろしさを周知徹底するのを怠っているのではないか」とは、亡くなったイギリス人の遺族によるコメントです。まさか、オーストラリアに観光に来て、クラゲに刺されて死ぬとは誰も思わないだけに、遺族にとっては大変なショックでしょうね。亡くなられた方のご冥福をお祈りします。



抜け始めて分かる髪は長〜い友達 (2002/02/06)


 僕は大体ひと月に一度くらい床屋に行くので、ブリスベンに来てからは、もう7〜8回くらい散髪したでしょうか。初めの頃は、どの床屋がいいのか分からなかったので、まあ手当たり次第、良さそうな所にいろいろと行っていました。ようやく最近になって、行く床屋がほぼ決まってきました。最近よく行くところは、土曜日も営業していて、しかもスカルプ・マッサージ(頭皮マッサージ)が結構気持ちいいんです。

 つい先日も、そこの床屋に行ったのですが、「抜け毛防止」に効くというシャンプーとコンディショナーを買わされてしまいました。合わせて4千円くらいでした。三ヶ月くらいで効果が出てくるはずだというのですが、まあ騙されたと思って買ってみました。

 1994年からアメリカで暮らし始め、最初の数年間で髪がずい分薄くなり、体重が8キロくらい増えました。ある講演会では、「アメリカに来て得たものは体重で、失ったものは髪の毛だ」と言って笑いを取ったこともあります。「アメリカの水道水は、消毒のための化学物質が多く入っているため、その水で髪を洗うのは、髪の健康には良くないんだ」、という噂も聞いたことがあります。まあ、アメリカに行って髪が薄くなったのは、ストレスや食事など、いろいろな要因があったのでしょう。もしかしたら、もうそういう年齢なのかもしれませんし、父も髪が薄いので遺伝なのかもしれません。とにかく、三ヵ月後に期待して、このシャンプーとコンディショナーを使い続けてみようと思います。



黒のルール (2002/02/07)


 どうしてか分かりませんが、ブリスベンのカフェやバー、あるいはレストランでは、ウェイターさんやウェイトレスさんが、いつも決まって上から下まで黒い色の服を着ています。これは、かなりの確率で当てはまる事実です。まるで、「食べ物や飲み物をサーブする人は、黒い衣装を着なければならない」という暗黙の了解があるのではないか、と思える程です。Tシャツや、ノースリーブ、Yシャツやボタンダウン、ズボンやスカートなどなど、それぞれは全く別の格好をしているのに、皆そろって黒い服を着ているんです。どうしてか知っている人がいたら、教えて下さい。ブリスベンは外で食べるカフェやレストランが多いので、単なる通行人と店の人を区別しやすくするためでしょうか。それにしても、こういう職業に就く人は、あらかじめ黒い服をたくさん買わなければなりませんね。

 ちなみに、ブリスベンの和食屋さんでは、この「黒のルール」は当てはまらないようです。和食屋さんでは、やはり着物姿のウェイトレスさんが多いですね。そう言えば、どの和食屋さんでも、ウェイトレスさんばかりで、ウェイターさんって、まず見かけないですね。これもどうしてなんでしょう。



I WANT TWO PAPA (2002/02/09)


 昨日は、ワシントンにいる長女の三回目の誕生日でした。電話で「ハッピー・バースデー」を伝えました。彼女の好きなキャラクターをあしらった簡単な手づくりのカードを、あらかじめ妻にメールで託しておきました。

 長女は、「パパとママとどっちが好き?」と英語で尋ねると、大抵は「パパ」と答える可愛いヤツです。時々僕が次女と遊んでいたりすると、「My Papa(私のパパなんだから)!」と嫉妬して怒ります。そのくせ、眠い時や機嫌が悪い時はママと一緒じゃないとダメなんです。

 そんな長女が、年末年始をブリスベンで過ごした後、ワシントンに帰るためにブリスベン空港へ向かうタクシーの中で、「I want two papa(パパが二人欲しい)」とポツリと言いました。どういう意味かよく分かりませんが、僕なりに解釈すると、「普段は会えないこのパパの他に、いつも一緒にいられるパパがもう一人欲しい」というような意味じゃないかなあと思います。小さい子供ながら、父親の単身赴任がストレスになっているのかもしれません。ちょっと胸が痛みました。

 ブリスベン滞在も残すところ、あと4ヶ月を切りました。6月初めには、ワシントンに戻ります。ブリスベン滞在延長という話もないわけではありませんが、家族のことを考えると、延長という選択肢はあり得ません。もう少し子供達が大きくなったら、転勤や転職などという家族の一大事は、子供達の意見も参考にして決めないといけないんでしょうね。自分のことばかり考えていないで、「家庭内民主主義」ってヤツを実践しないと。



真夏に見る冬季五輪 (2002/02/10)


 ソルトレーク・シティで冬季五輪が開幕しました。昨日、開会式を見ようとして、開会式が始まる時間(ブリスベン時間の正午)にテレビをつけたんですが、どこのチャンネルでもやっていませんでした。近くのスーパーで、「TVウィーク」という番組表を大急ぎで買ってきて、オリンピック中継の予定を確認してみました。それによると、開会式も競技の方も、全て毎日夜8時半からの録画中継となっていました。スポーツはリアル・タイムで見ないと気がすまない私にとっては、ちょっとがっかりです。インターネットで結果を知ってから見るオリンピック中継ほど、味気ないものはありませんよね。

 録画中継ばかりというのは、時差があるからということの他に、オーストラリアではウィンター・スポーツの人気がイマイチというのも理由のひとつかもしれません。夏のオリンピックではいつも大活躍するオーストラリアも、冬の大会では過去に銅メダルを2つ獲得しただけだそうです(ちなみに、夏季五輪では通算349個のメダル獲得)。今回のソルトレーク・シティにも、オーストラリアからはわずか27人の選手しか参加していません。新聞やテレビでも冬季五輪のニュースはあまり多くないようです。オーストラリアの選手がメダルを獲ったりすると、一気に盛り上がるかもしれませんけど。

 ブリスベンはここのところ、また以前の暑さがぶり返してきました。真夏に見る冬季五輪は初体験なので、少し違和感があります。それにしても、ソルトレーク・シティは寒そうですね。



恭賀新禧・馬年好運 (2002/02/11)


 今日は中国の暦で大晦日、明日2月12日が中国の新年(Chinese New Year)です。馬年が正式にスタートすることになります。明日から始まる新年は、中国の暦では4699年だそうです。中国の歴史と西洋のそれとは比べ物になりませんね。

 今晩、大晦日のお祭りがあるというので、僕のアパートから歩いて10分くらいのところにある、ブリスベンのチャイナ・タウン(中華街)に行ってきました。このチャイナ・タウンは近いので、普段も醤油や海苔などアジアの食材を買うときによく来ています。今日のチャイナ・タウンは、屋台や出店などが出ていて、さすがに盛り上がっていました。爆竹も、あちこちでやたらに鳴っていました。

 それから、中国式の獅子舞(ライオン・ダンス)というのを初めて見ました。日本の獅子舞と違って、目が電気で光ったりと、カラフルで派手な獅子でした(下をクリックすると写真が見られます)。一人が頭と前足、もう一人が後ろ足になり、人間ふたりで獅子一匹となるところも日本とは違いますね。

 僕の故郷の八戸市には、獅子舞ならぬ「虎舞(とらまい)」という郷土芸能があります。今日見ていて、中国の獅子舞と八戸の虎舞は、人間の入り方も舞い方もよく似ているなあと思いました。実は僕は、以前八戸にいた頃、この虎舞を少しだけかじっていたんです。「虎の後ろ足」として、何かのイベントで宇崎竜童の「竜童組」と、青森市の屋外ステージで共演したこともあります。そのイベントは、後でNHKの東北ローカルで放映されて、僕も足だけ映っていました。あれって何のイベントでしたっけ?覚えている人がいたら、教えて下さい。

 夏に虎の中に入って激しく動き回るのは、とても暑くて体力を消耗します。今ではもうできないでしょうね。今日見た中国式の獅子舞に入っていた人たちも、今日のブリスベンはまた一段と暑かったので大変だったでしょう。それにしても、この中国の獅子舞組は何組かいましたが、中国系の人は少なかったですね。白人やアラブ人風の人がやっていました。中国の伝統芸能を、地元の若者や移民たちがマスターしたんでしょうか。



ブリスベン市庁のトイレット・ペーパー (2002/02/12)


ブリスベン市庁舎  今日はちょっと臭い話ですみません。我が職場のトイレット・ペーパーについて、苦情があります。実は、ブリスベン市庁舎のトイレット・ペーパーの品質が最低なんです。ゴワゴワと固くて、おまけに表面がザラついています。色も黄色で全く冴えないんです。こんな酷いトイレット・ペーパーは、ちょっとお目にかかったことはありません。少なくとも、日本やアメリカ、ヨーロッパなど先進国で、僕が今まで使用したトイレット・ペーパーの中では、最低の品質だと断言できます。世銀のバングラデシュ事務所のトイレット・ペーパーにどことなく似ていますが、それよりも劣るような気がします。とにかく、このトイレット・ペーパーでお尻を拭くと不快なんです。クリネックスとまでは言いませんが、どうしてもっと上質なトイレット・ペーパーを買わないんでしょうか。職員のお尻の健康のために、よく労働組合が文句を言わないものだなあと、最近までは思っていました。

 でも、よくよく考えてみると、僕の職場はブリスベン市庁だから、このトイレット・ペーパーを買うお金も、ブリスベン市民の税金なわけですよねえ。ブリスベン市はオーストラリア最大の地方自治体だから、職員が使うトイレット・ペーパーも、相当な量にのぼるはずです。ということで、トイレット・ペーパーに使う貴重な税金を節約するために、市場に出回っているトイレット・ペーパーで最低価格のもの、つまり最低の品質のものを購入しているのかもしれません。もしかしたらこれは、ブリスベン市庁という役所の「コスト感覚」が進んでいる証拠なのでしょうか。そうだとしたら、「自治体の鑑」です。市民の税金を節約するために、職員には多少の不快感を我慢してもらおうという訳です。

 あなたの街の役所のトイレに入ってみてください。もし、高級なトイレット・ペーパーが置いてあったら、それは税金の無駄使いです。ブリスベン市庁を見習うべきです。



オージー風サンドウィッチはトーストで (2002/02/13)


 今日はちょっと疲れ気味なので、短くいきます。日本でもアメリカでも、サンドウィッチといえば、パンを焼かずに、やわらかいパンの間にいろいろな具をはさんだものが一般的だったと思います。ところが、ここオーストラリアでは、トーストのサンドウィッチの方が普通みたいです。サンドウィッチを注文して、何も言わなければ、大抵はトーストのサンドウィッチが出てきます。まあ、これもカリカリして美味しいんですが、たまに、やわらかいパンのサンドウィッチが食べたくなりますよね。そういう時は、「トーストにしないで下さい」と前もって断わらないといけません。オーストラリアでサンドウィッチを注文する際には、このことを思い出してください。ちなみに僕が一番好きなのは、トーストしないパンを使った、ベーコン・エッグ・サンドウィッチです。



ワシントンDCへ (2002/02/14)


 明日早朝にブリスベンを発って、例のごとく成田経由でワシントンへ一時帰国します。今回のワシントン行きの目的はふたつ。ひとつは、妻が来週ニカラグアへ出張のため、僕がワシントンにいる娘達の子守りをするということ。もうひとつは、6月にブリスベンから世銀本部に戻った後、自分がどこの部署で働くか、また、どのような仕事を担当するかを具体的に決めるための面接を受けることです。自分としては、世銀に戻った後は、できれば東チモールやアフガニスタンなどの、世界が注目している国々の仕事がしたいと思っています。どうなるでしょうか。それでは、行ってきます。次回はワシントンからの更新です。



お子さんへのお土産にどうですか? (2002/02/15)


 ワシントンで更新すると言っておきながら、成田でも更新することにしました。この文章はブリスベン発JALの機内で書いたものです。

 今朝、ブリスベン空港のお土産屋さんで何気なく商品を見ていたら、「お子さんへのお土産にどうですか?」と、日本人の店員さんから声をかけられました。それは、小さなコアラの人形つきのチョコでした。ブリスベン空港はゴールド・コーストに行く日本人観光客が多く利用するので、お土産屋さんには日本人の店員も結構いるんです。

 似たようなコアラの人形は、以前、次女に買って帰ったことがあったので、結局それは買いませんでした。まあ、別に僕が日本人だって分かったことには不思議はないけれど、どうして僕に子供がいるって分かったんだろうと、後で疑問に思いました。正確に言えば、彼女は「僕に子供がいると分かった」のではなく、「僕の年齢なら当然子供がいる」という前提であのような声をかけてきたのでしょう。

 「当然子供がいる年齢」というのは、世間では何歳くらいなのでしょうか。少なくとも、20代後半や30代前半ではないですよね。ということは、僕がそれより年上のいわゆる中年に見えたということかもしれません。それは事実ですが、今までは結構実際の年齢より若く見られることが多かったので、ちょっとショックでした。ジーンズをはいて、若い格好をしていたのにです。格好ではごまかせない体型の変化を見抜かれたのかもしれません。

 それにしても、「年齢から想像する前提」に基づいて相手に物を言うのは、やめた方がいいような気がします。そう思いませんか?相手のことを全然知らないのに、中年の女性を「お母さん」とか「奥さん」とか呼ぶのも考え物ですよね。子供がいないかもしれないし、独身かもしれないわけですから。



機内食は九州の郷土料理と地酒 (2002/02/17)


 無事ワシントンに着きました。例によって時差ボケで眠れないので、深夜にパソコンに向かっています。

 成田発ワシントン行きの全日空2便は、ワシントンで週末に行われる「日米財界人会議」の参加者で結構混んでいました。実は去年のあのテロ以来、全日空はワシントン線の機体を、テクノ・ジャンボからやや小型のトリプル・セブンに変えたんですが、今回僕が乗ってきたのは、慣れ親しんだ二階席のあるテクノ・ジャンボでした。スチュワーデスさんの話では、「日米財界人会議」があるので、今回だけ座席数の多いテクノ・ジャンボに戻したんだそうです。その辺りは、臨機応変に対応するということです。

 ということで、僕は二階席に乗ってきました。機内食は、全日空の郷土料理シリーズ。いつも楽しみにしているんですが、これが結構イケるんです。今回は、九州の郷土料理でした。福岡の地酒「萬代・大吟醸」と一緒にいただきました。ちょっとメニューを紹介します。

(前菜) ふぐ昆布〆、車海老旨煮、南瓜地鶏巻き、蓮根挟み揚げ、薩摩揚げ、関鯵笹寿司
(お椀) 巻繊汁
(旬菜) 豊後水道産太刀魚南蛮漬け
(小鉢) かつお菜煮浸し、八女産昔筍
(台の物) 対馬産寒鰤照り焼き、玄界灘産目鯛西京焼き、がめ煮、俵御飯
(デザート) ライチ、メロン、小菓子

 寒鰤の照り焼きは絶品でした。巻繊汁という細いそばみたいなのが入っているお汁も美味しかったです。ちなみに洋食の方は、牛フィレ肉のステーキ・フォアグラ添え・蜂蜜とビネガー風味ソース、または、帆立貝のクネルと鯛のロースト・サフラン風味のクリームソースでした。僕はいつも和食を選びます。上のメニューで分かるように、和食ほど多くの食材を使う機内食ってありませんよね。ごちそうさまでした。



作戦勝ちの金メダル (2002/02/18)


 今日はこの話題を書かずにはいられません。ソルトレークの冬季五輪で、オーストラリアに冬季五輪史上初の金メダリストが誕生しました。オーストラリアどころか、南半球の国が冬季五輪で金メダルを獲得するのは、これが初めてなんだそうです。その歴史的な金メダルを手にしたのは、スケート・ショートトラック千メートルのブラッドバリー選手です。嬉しいことに、このブラッドバリー選手は、我がブリスベンの出身だそうです。

 このブラッドバリー選手優勝の経緯は、実に神がかり的です。スケート・ショートトラック千メートルは、5人で決勝が行われ、トラックを9周するんだそうです。その正に9周目に入っても、このブラッドバリー選手は、他の4人からはるかに遅れて最下位を独走していたそうです。ところが、ゴール直前の最終コーナーで、他の4人が全員転倒し、結局ブラッドバリー選手がトップでゴールしたというのです。さらに言えば、この選手は準々決勝、準決勝でも、前を走っていた選手が転倒したり、上位の選手が失格になったりしたために、ラッキーな決勝進出だったそうです。この人、相当な強運です。

 おそらく本人が一番びっくりしたんでしょう。レース直後に彼は、「再レースになる」と確信していたそうです。「自分は明らかに最速のスケーターではない」と謙虚さも見せながら、「でも最下位を走っていたのは、作戦だったんだ」とちょっぴり強気の発言も。決勝レースの前には、「ショートトラックでは転倒が多いので、それに巻き込まれたくなかった。5人の決勝進出者のうち、2人が転んでくれれば、自分は銅メダルだなあと思っていた」ということです。2人どころか、自分以外の4人が転んで、本人にしてみれば、作戦勝ちの金メダルといったところでしょうか。

 こんな歴史的な瞬間に、ブリスベンにいなかったことが悔やまれます。地元では、さぞ盛り上がっていることでしょう。ワシントンからウェブ・サイトで確認したら、ブリスベンの地元紙「クーリエ・メール」の一面は、やはりブラッドバリー選手の写真でした。それにしても、このブラッドバリー選手、あの暑いブリスベンに生まれ育っておきながら、どうしてスケートなんて始めたんでしょうか。



豪州に連日の金メダル (2002/02/19)


 昨日の競技が始まるまでは、冬季五輪史上一度も金メダルを獲ったことがなかったオーストラリアですが、なんと昨日に続いて今日もオーストラリアの選手が金メダルに輝きました。昨日のブラッドバリー選手に続いてオーストラリア史上二人目となったのは、女子スキー・フリースタイル・エアリアルのキャンプリン選手です。

 実はこのフリースタイル・エアリアルは、今回の五輪開催前から、「オーストラリアに初の金メダルがもたらされるだろう」と、少なくともオーストラリア国内では最も期待されていた競技です。しかし、期待されていたのは、金メダルを獲ったキャンプリン選手ではなくて、世界チャンピオンのジャッキー・クーパー選手の方でした。僕もワシントンに来る前に、オーストラリアのテレビで、何度もこの「ジャッキー・クーパー」という名前を耳にしました。残念ながらクーパー選手は、ソルトレーク入りしてからの練習で大怪我をし、五輪本番に出場できずに、既にオーストラリアへ帰国しています。彼女が怪我をした時点で、オーストラリアの国中が、今回も冬季五輪での金メダルは無理だろうと思ったはずです。

 ところがどっこい、昨日のブラッドバリー選手に続いて、今回もまたノーマークのキャンプリン選手が金メダルを獲ったわけです。オーストラリアでこれを読んでいる皆さん、そちらは盛り上がっていますか?日本の選手にも、こういう予想外の金メダルって出ませんかねえ。ガンバレ、ニッポン!!



さらば...ツバルよ (2002/02/21)


 ツバル(Tuvalu)という国を知ってますか。ハワイとオーストラリアの間にある南太平洋の小さな島国です。人口は約1万1千人で、島の最も高い地点でも、海抜4〜5メートルという平坦な土地だそうです。

 ワシントンにある「地球政策研究所(Earth Policy Institute)」の最近のメール・マガジンによると、このツバルは、地球温暖化による海面上昇のために、国土沈没の危機に瀕しているそうです。研究者の間では、ツバルは50年以内に島の大部分が海面下に入ってしまうと考えられています。ツバル政府は、既に1万1千人の国民の移民先を探していて、オーストラリアには断わられ、現在ニュージー・ランドに打診中とのことです。「地球政策研究所」では、「ツバルは、地球温暖化による大量の難民が生じる最初の国だが、残念ながら最後の国ではないということはほぼ間違いない」と、モルジブなど他の低地にある国々も、やがて同様の道を辿るだろうと警告しています。「京都議定書」を批准しない国々が、こういう「気候難民」を受け入れるというのはどうでしょうか。

「さらば...ツバルよ」 by Keicho

目を閉じて何も見えず
哀しくて目を開ければ
水面に浮かぶ椰子より
他に見えるものはなし
ああ、砕け散る名もなき星たちよ
せめて鮮やかにこの身を照らせよ
我は行く、青白き頬のままで
我は行く、さらば...ツバルよ♪



6月までバイバイ (2002/02/26)


 ワシントンのダレス国際空港からです。これから成田経由でブリスベンに帰ります。とは言っても、ブリスベンに戻って2泊したら、今度はバングラデシュに出張です。

 今回のワシントン滞在は、妻のニカラグア出張に合わせた子守りのためとは言いながら、毎日世銀のオフィスに通っていました。大事なミーティングも何件かあって、6月に世銀復帰後は、前にいた部署で引き続き激動の南アジア地域を担当することに決まりました。アフガニスタンの復興に関わるチャンスがあるかもしれません。

 早いもので、ブリスベンへの単身赴任もあと残すところ3ヶ月あまりとなりました。6月初めにブリスベンを引き払ってワシントンに帰ってくるまでの間、もうワシントンに来る予定はありません。去年5月末のブリスベンへの赴任以来、8月中旬の僕の夏休み、10月初めのテロ後の特別一時帰国、そして12月中旬には家族がブリスベンに年末年始の休暇で来たので、長くても2ヶ月半に一度は家族に会っていたことになります。今日から6月初めまでの約3ヶ月というのが、家族に会えない最長記録になります。今朝、3歳になったばかりの長女をデイ・スクール(保育幼稚園)に連れて行って、そこで別れる時に、彼女は「10 キス and 10 ハグ」と言って、10回のキスと10回の抱擁をしてくれました。6月までのお別れです。



ブリスベン到着 (2002/02/27)


 今朝ブリスベンに戻りました。ブリスベンはいまだに夏ですよ。ワシントン〜成田〜ブリスベンと、機内では相変わらずほとんど眠れずに、本を読みまくっていました。後でまとめて、「読書の記録」に載せておきますので、見てください。今日は休養に充て、明日一日仕事に出たあと、あさってからはバングラデシュに向けて再び機上の人となります。本音を言うと、ちょっと飛行機はもううんざりです。



二重国籍をどう思いますか? (2002/02/28)


 ご存知のようにアメリカは、「自国内で生まれた人は全て自国籍にする」という出生地主義の国です。僕の娘たちは二人ともアメリカで生まれたので、今のところ日本とアメリカの両方の国籍を持っています。「今のところ」と書いたのは、日本国政府は二重国籍を認めていないので、彼女達は確か22歳になるまでに、どちらかの国籍を選ばなければならないのです。まあ、前ペルー大統領のフジモリ氏のような例もあるので、この二重国籍禁止という法律の運用は、かなりあいまいな気がしますが。

 実はオーストラリアも、現在の法律では、一部の移民を除いて二重国籍が禁止されているんです。そのため、オーストラリア人が他国の国籍を取得すると、その人はオーストラリアの国籍を失います。これは、オーストラリア人がアメリカやイギリスなどに留学したり就職したりして定住し、そこの国籍を取得すると、オーストラリアに戻れないということになります。最近オーストラリア政府は、こういう状況を変えようと動き出しました。オーストラリアの国際競争力を強化するためには、海外で活躍するオーストラリア人を支え、彼らの経験と知識をオーストラリアに持ち帰る機会を促すことが必要だと考えたのです。去年の8月、オーストラリア連邦政府のラドック移民・多文化問題担当大臣は、二重国籍を禁止している今の法律を改正する意向を表明しました。その法律の改正が、もうじきオーストラリア連邦議会で決まるそうです。これにより、オーストラリアも、二重国籍(多重国籍)を認めているイギリス、アメリカ、フランス、カナダ、イタリアなど他の先進国の仲間入りをすることになります。

 日本では、僕の知る限り、そういう動きはありませんよね。でも、海外の日系人ネットワークが、日本でも二重国籍を認めるように、政府に働きかけをしているとのことです。僕には、二重国籍を持つ娘がいるので、結構切実な問題です。このまま日本の法律が改正されずに、娘が22歳を向かえ、もしアメリカ国籍を選んだら、日本人の親としてはかなり複雑な気持ちになるでしょう。例のフジモリ氏の国籍問題が持ち上がった時が、この問題をきちんと議論する絶好のチャンスだと思ったのですが、日本政府の対応は、いつものように、全くあいまいでスッキリとしないものでした。皆さんは、この二重国籍についてどう思いますか?



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