フロントページブリスベン通信>2002年3月

BRISBANE 通信(March 2002)



パスポートのいらない世界が理想です。 (2002/03/01)


 昨日、僕の娘達は二重国籍だと書きましたが、だから当然彼女達は、日本のパスポートとアメリカのパスポートの両方を持っています。娘と一緒に旅行をすると、娘がアメリカのパスポートを持っているということで、アメリカ入国審査の際に得をします。というのは、家族揃ってアメリカ人専用レーンで入国審査を受けられるからです。いつも利用する成田発ワシントン行きの全日空便は、大体8〜9割が日本人乗客なので、ワシントンのダレス国際空港での入国審査の外国人レーンは、とても混雑するのです。ということで、今年1月のアメリカ入国の際は、娘のパスポートのおかげで、アメリカ人専用レーンの先頭で、いの一番に入国審査を受けることが出来ました。

 これとは、全く逆のことを日本の入国審査で体験したことがあります。あれは、長女が生まれてからまだ6週間くらいで、日本に一時帰国した時の事です。海外で新生児に日本のパスポートを取得するのは物凄い時間がかかるので、長女はアメリカのパスポートのみで旅行していました。成田空港での日本入国審査の際、親が二人とも日本人なので、当然僕らは日本人専用のレーンに並んでいました。僕らの審査になった時、娘のアメリカのパスポートを見て、その入国審査官は、「ここは日本人専用のレーンだから、このパスポートではここから入国はできない」と言ったのです。おいおい、そんなことを言ったって、親が日本人専用レーンから入国し、赤ん坊が一人で別の外国人専用レーンから入国できるわけがないでしょう。もう少し融通をきかせなさい。しかし、そういうスッタモンダの末にも、その日本人専用レーンからは家族揃って入国できずに、結局はパイロットやスチュワーデスが通る「乗務員専用レーン」にまわされました。かなりムッとしたのを覚えています。アメリカでは、家族に一人でもアメリカ人がいると、アメリカ人専用レーンから入国できるのに、日本では、家族に一人でも外国人がいると、日本人専用レーンからの入国は拒否されるわけです。全くどうかしてるぜ。

 ついでに、どうかしてる事実をもうひとつ。「海外で新生児に日本のパスポートを取得するのには、物凄い時間がかかる」と書きましたが、大抵は3ヶ月もかかるのです。何故かというと、パスポートの申請には戸籍謄本が必要だからです。海外で日本人の赤ん坊が生まれると、その土地の日本大使館か領事館に出生届を提出しなければなりませんが、その出生届が大使館から日本の外務省に届き、さらには本籍地の市町村の役所に転送され、最終的に戸籍に赤ちゃんの名前が載るまでに、数ヶ月もかかるのです。それから、本籍地にいる親戚か誰かに役所で戸籍謄本を取ってもらい、在住地のアメリカまで送ってもらって、初めて大使館にパスポートの申請ができるのです。これも全くどうかしています。今時、ファックスや電子メールを使えば、こんな書類のやりとりは数ヶ月どころか数時間で可能です。結局、日本の役所が海外在住日本人へのサービスを真剣に考えていないということでしょう。海外で生まれた新生児のための日本のパスポート取得の問題点に関しては、僕ら家族が体験したのと全く同じようなケースが、先日成田空港で買った「SAPIO」という雑誌にも出ていました。



バンコックから (2002/03/02)


 昨日、お昼頃にブリスベンを発って、シドニー経由でタイのバンコックまで来ました。今日これからバングラデシュの首都ダッカまで飛びます。シドニー発のタイ航空は、出発が1時間以上も遅れ、バンコックに着いたのは深夜零時頃でした。今はバンコックの空港に隣接しているホテル(アマリ・エアポート・ホテル)からです。このホテルは、空港から連絡通路を歩いてほんの数分で来れるため、とても便利です。バンコックではいつも乗換えだけなので、大抵ここに泊まります。

 数日前にワシントンからブリスベンに戻ってきたばかりだったので、時差ボケで睡眠パターンが狂いまくっています。ワシントンとブリスベンは15時間の時差があり、ブリスベンとダッカはさらにプラス4時間です。疲れているのに眠れないという状況が続いています。昨夜もこのホテルで、ほぼ1時間おきに目が覚めました。

 バングラデシュに行くのは、ブリスベン市庁の仕事ではなく、当然世銀の仕事です。僕がずうっと担当していたプロジェクトなので、ブリスベンへの出向中でも引き続きやってくれ、と頼まれていました。明日からは、「バングラ通信」として、最貧国の開発援助の現場からお伝えします。どれくらい更新できるかは、分かりませんが(忙しさと現地の通信事情によります)、お楽しみに。



西オーストラリア州パースより (2002/03/16)


 喧騒のダッカを脱出し、シンガポール経由で西オーストラリアのパース(Perth)に来ました。今晩の夜行便でブリスベンに戻ります。

パースの風景  どこに行っても人で溢れているバングラデシュから来ると、オーストラリアの街は、人が少ないなあという印象を受けます。正確な統計は分かりませんが、バングラデシュは、比較的せまい国土に1億2千万人以上が住んでいるので、世界一人口密度が高い国のひとつでしょう。一方、オーストラリアは、広大な大陸に、2千万人弱しか住んでいないので、世界一人口密度の低い国のひとつだと思います。

 それから、バングラデシュとオーストラリアで対照的な事をもうひとつ。バングラデシュはイスラム教の国なので、女性が顔以外の肌を露出するなんていうのは、まず考えられません。方や、ここオーストラリアの若い女性達は、必要最小限の部位以外は、惜しげもなくさらけ出しています。まだ暑いせいもあってか、パースの街を行く女性達も、肩、胸元、背中、おへそ、太ももを露出しまくっています。ブリスベンもそうですが、オーストラリアの女性達は、世界で最も露出度が高いのではないでしょうか。

 ここパースは、地中海性気候ということで、年中温暖で乾燥しているそうです。そのためか、植生の違いに気づかされます。サボテンのように、肉厚の葉をつけている植物が多いですね。きっと、水分を葉っぱに貯めているんでしょう。



パース〜ブリスベンは国内線最長不倒距離 (2002/03/17)


 今朝早くブリスベンに戻りました。やっぱり、ブリスベンはいいですね。亜熱帯のブリスベンも、もう秋の気配がするかなあと思っていましたが、相変わらず暑いです。気温はダッカと同じくらいですね。2月の中旬から、ワシントンとバングラデシュにたて続けに出張したため、過去1ヶ月の週末は、いつも飛行機で移動していました。そのため、今日は超久しぶりの日曜日っていう感じです。今日は何もせずに家で、ゴロゴロします。

 パースからブリスベンに飛ぶカンタス航空の機内誌を見ていて気づいたのですが、パースとブリスベンの間の距離は、オーストラリア国内線の最長不倒です。オーストラリア大陸の西の端から東の端まで飛んできました。今日の飛行時間は4時間半でしたが、機内誌によると、ブリスベンからパースへと逆方向に飛ぶ場合は5時間20分かかるそうです。この時間の差は、偏西風の影響でしょうか?南半球でも偏西風って吹くんでしたっけ?ともあれ、オーストラリアはやっぱり広いです。



ヒルトンとシェラトン (2002/03/18)


 僕はヒルトン・ホテルの会員になっているので、ポイントとマイルを貯めるせいもあって、ヒルトンのある街では、大抵はヒルトンに泊まります。パースでもヒルトンに泊まりました。

 パースの空港からタクシーに乗り、「ヒルトン・ホテルまで」と運転手に告げました。しかし、車の中でのその運転手との会話がどうも噛み合いません。彼は、「シェラトン・ホテルは中心街のはずれにあるんだ」とか、「シェラトン・ホテルのそばには、何々があって」とか、何故かシェラトンの話ばかりしてくるのです。「これは、ヒルトンとシェラトンを勘違いしているな」と思い、「シェラトンではなく、ヒルトンに行くんですよ」と念を押しました。すると、「あれっ、さっきはシェラトンって言わなかったっけ」と言われてしまいました。しょうがないから、「僕の英語の発音がまずくて御免なさい」と謝っておきました。ギリシャからの移民だというその運転手は、「おそらく自分の英語の聞き取りがなっていないのだろう」と、慰めてくれました。実は、以前にも似たような体験を、フランスのパリでしたことがあります。パリの空港で、タクシーの運転手に「ヒルトン」と告げると、「えっ、シェラトン?」と聞き返されたのです。

 この二つのライバル・ホテル、英語では、「HILTON」と「SHERATON」と綴られます。語尾の「TON」は全く同じなので、あとは出だしの「ヒ」と「シ」、そして、「ヒルトン」の「L」と「シェラトン」の「R」の発音次第で、聞き間違えられる可能性は結構あるのかもしれません。「L」と「R」の発音を正しく区別するのは、日本人には難しいとよく言われますが、アメリカに7年も住んでいて、これが原因だとは思いたくありません。だとしたら、もしかして僕の「ヒ」の発音が、「シ」に聞こえるのかもしれません。江戸っ子は、「ヒ」と言えずに、「ヒ」が「シ」になってしまうというのを聞いたことがあります。自分では「ヒ」と言っているつもりが、他人には「シ」と聞こえてしまうとしたら、幼少の頃を江戸に近い横浜で過ごしたせいかもしれません。



川と丘とカジノ (2002/03/19)


 パースの街を見ていて思ったんですが、オーストラリアの主要な街には、いくつかの共通点があります。そのひとつは、川を中心にした街づくりが行われているということです。ブリスベンにはブリスベン川、パースにはスワン川、1月に訪れたキャンベラにはモロングロ川があり、それぞれが街の中心を流れています。4月に行く予定のメルボルンの地図を見ても、やはり都心の近くをヤラ川という川が流れています。去年訪れたシドニーはちょっと例外で、都心近くには大きな川はなかったと思いますが、それでもオリンピック会場に行く時は川を見ました。

 「水の利用を考えて、川の近くに多くの移民が集中し、街が出来た」、あるいは、キャンベラのように「水が豊富なところに街をつくった」と考えれば、主要な街に大きな川があるのは当然のことかもしれません。でも、特筆すべきは、オーストラリアでは「川によって街が分断されていない」というか、「川と街が一体化している」ということです。日本では、大きな川があると、その川が県境になっていたり、同じ県でも川の両岸は違う自治体だったりすることが、多いような気がします。でも、ここオーストラリアでは、川を囲んでひとつの街が発展し、川のそばに都心があるのです。僕としては、こういう街づくりのかたちがとても好きです。

 オーストラリアの街についてのもうひとつの共通点は、街のそばに丘や小さな山があって、その頂上から街全体を見下ろせるということです。ブリスベンにはクーサ山、キャンベラにはアインスリー山、そしてパースにはキングス・パークという小高い丘があります。上から見られることを意識した街づくりがなされているのかもしれません。

 最後の共通点は、どこに行ってもカジノがあることです。競馬の「メルボルン・カップ」に国中が注目するほどですから、オージーは本当にギャンブルが好きなんでしょう。それに、カジノを都市観光の目玉にしようという意図も、当然あるんでしょうね。



オーストラリアがもし100人の村だったら (2002/03/20)


 オーストラリアの人口は、2001年6月の時点で1千9百万人強です。もしもこれを100人の村に縮めると、どうなるでしょう。

50人が女性で、50人が男性です。
15歳未満の子供は20人で、65歳以上のお年寄りは12人です。
大学生が2人いて、大学院生は1人です。
2年に1組が結婚し、4年に1組が離婚します。
100人のうち、24人はこの村以外で生まれました。その24人のうち、13人はヨーロッパ村で生まれ、6人はアジア村で生まれてから、このオーストラリア村に来ました。
100人のうち、アボリジニと呼ばれる人たちが2人います。この人たちの祖先は、何万年も前からずうっとこの村に住んでいました。
100人のうち、働いている人は47人です。その47人のうち、7人は小売業、6人は製造業、2人が農林水産業に従事しています。
100人のうち、家に電話があるか、あるいは携帯電話を持っているかのどちらかにあてはまるのは、97人です。
パソコンを使っているのは46人で、インターネットにアクセスできるのは34人です。
この村の人たちはスポーツが好きで、100人のうち38人が、去年何らかのスポーツ観戦をするために、実際に競技場を訪れました。オーストラリアン・フットボールの会場には13人が訪れました。競馬場には9人が訪れました。
この村には家畜が多くて、人間100人に対して、牛は142頭、羊は611頭もいます。
この村にはユニークな動物がたくさんいます。カンガルーは、人間100人に対して、154匹います。
コアラは1920年には62匹いましたが、現在ではほとんどいなくなってしまいました。

※注釈 (主にオーストラリア統計局の最新のデーターを用い、人口が100人になるように比例配分しました。コアラの数は現在10万匹ほどだそうですが、これを人口と同じ比率で縮めると0.5匹となってしまうので、「ほとんどいなくなってしまいました」という表現にしました。)



ワインで乾杯 (2002/03/21)


 今日の話題は、急成長を続ける豪州のワイン産業です。ワイン生産というと、ほんの20年前まではフランスをはじめヨーロッパの独占だったと思います。こちら豪州でワイン産業が盛んになってきたのも、1980年代に入ってからのことだそうです。以降、急激に生産量を伸ばし、2001年の統計では、豪州はワインの生産量において大健闘の世界第7位となっています(1位はフランス、以下イタリア、スペインと続きます)。しかも、過去5年間の生産量の伸び率は8割近く、その伸び率においては他を圧倒して、世界一です。ワインの輸出も好調に伸びており、2001年の輸出量は、前年に比べて2割増しだったそうです。今では豪州国内に1300箇所のワイナリー(ワイン醸造所)を抱え、ワイン産業は豪州を代表する産業に育ちつつあります。

 豪州はワインを生産するだけでなく、消費の方もなかなかです。日本では大抵の場合、まずビールで乾杯となりますが、こちら豪州では、ワインで乾杯が主流のようです。私も亜熱帯の熱いブリスベンで、よく冷えた豪州産の白ワインを愛飲しています。オージー・ビーフには赤ワイン、ブリスベン名物うちわ海老などのシーフードには白ワインを合わせるのが一般的なようです。

 米国カリフォルニアにある「Wine Institute(ワイン研究所)」によると、世界で最もワインを消費する国はルクセンブルクで、この国の人は年に平均80本のワインを飲むそうです。豪州はといえば、世界ランク18位で、一人当たりのワイン消費は年間25本となっています。これは毎月2本、毎週カップルでワインを1本飲み干すという計算になります。ちなみに日本はワイン消費量48位です。安くて美味しいこの豪州産ワイン、日本でも飲まれてるんでしょうか?



カンガルーの肉を食べました。 (2002/03/25)


カンガルー  この週末は、故郷の八戸から、昔の職場の仲間達がブリスベンに来ていました。彼らが食べてみたいと言うので、ブリスベン川沿いのレストランで、「カンガルーのステーキ」を食べました。僕も、カンガルーの肉を食べたのは今回が初めてでした。

 感想は、はっきり言って、あんまり美味しくありませんでした。肉は硬いし、味付けも甘酸っぱいプラム・ソースのようなもので、僕達の口には合わないものでした。まあ、こういうのは、「豪州でカンガルーの肉を試しに食べた」という事実が大事なんであって、美味しかったかどうかは、どうでもいいのかもしれません。でも、また食べたいとは思わないので、カンガルーの肉を食べるのは、これが最初で最後でしょう。

 このカンガルーの肉、脂身がほとんどなく低カロリーのため、一部では人気があるんだそうです。個人的には、程よく脂身ののった「霜降り」のような肉の方が好きなんですけど。



ゴールド・コーストで巨泉を踏みつける?! (2002/03/26)


 故郷の八戸から来ていた友人達8人と、ゴールド・コーストに行ってきました。ゴールド・コーストには、あの大橋巨泉が経営する「OKギフト・ショップ(以下OK)」というお土産屋さんがあるんです。巨泉さんが、国会議員になっておきながら、ほんの数ヶ月で誰もが首を傾げたくなるようなやめ方をしたせいもあってか、皆は「大橋巨泉の店なんかには行きたくない」と話していました。僕も、海外に来て全日空ホテルに泊まり、和食レストランで食事をし、「OK」でお土産を買うというような旅行をする日本人旅行者を、心のどこかでは軽蔑していました。ですから、あの「OK」には、誰も行くつもりはなかったんです。

 ところが、自由時間と称して数組に別れ、僕は8人のうちの男ばかりとブラブラとゴールド・コーストの街を散策していました。すると、目の前にその「OKギフト・ショップ」が現れたのです。友人達は、JTBのツアーで来ていたので、そのツアーには、「OK」での無料スリッパ引換券がサービスとして含まれていると言うのです。「せっかくだから、じゃあスリッパ貰って行こう」と、「OK」に入ることにしました。店員さんもお客さんも、やっぱり日本人ばかりでした。

 貰ったスリッパには、巨泉さんの似顔絵が付いていました。後で「OK」には行かなかった女性のKさんが、そのスリッパを見て言った一言が傑作でした。「そのスリッパを履くと、大橋巨泉を踏み付けているようで、気分がいいかも」だって。



豪に入っては、豪イング・マイ・ウェイ (2002/03/27)


 八戸から来ていたYさんが、面白いことを言っていました。「豪州に来たら豪州の習慣に従え」という意味で、「豪に入っては豪に従え」だそうです。なかなか上手いですね。でも、受験生の皆さんは勘違いしないで下さい。言うまでもなく、この諺は本来、「郷に入っては郷に従え」と書きます。

 という訳で、Yさんに対抗して、僕も考えてみました。「豪イング・マイ・ウェイ(Going My Way)」です。如何ですか?オーストラリア人はとても大らかで、他人の目など気にせずに、我が道を行く人が多いような気がします。そういう意味も含めて、「豪イング・マイ・ウェイ」。お後がよろしいようで...。



バンジー・ジャンプの起源は家庭内暴力 (2002/03/28)


 ゴールド・コーストには、バンジー・ジャンプのできる遊園地があります。先日そこで、八戸から来ていたE君が、バンジー・ジャンプにトライしました。バンジー・ジャンプをあんなに近くで見たのは初めてでしたが、見ている方も、と言うか、見ているだけだから、楽しめました。

 1回のバンジー・ジャンプは、確か60豪ドル(4千円くらい)だったと思います。僕としては、金を払ってまで危険を冒し、恐い体験をしようという人の気持ちが理解できません。僕だったら、金を貰っても絶対にバンジー・ジャンプなんかやりたくありません。まあ、1千万円くらい積まれたら、考えないでもないですけど。ともあれ、E君の勇気には脱帽しました。
 このバンジー・ジャンプ、てっきりオーストラリアが発祥の地だと思っていたら、ちょっと違いました。南太平洋の旅行情報を扱った「ハイド・アウェイ・ホリデイズ( http://www.hideawayholidays.com.au )」というウェブ・サイトによると、バンジー・ジャンプの発祥の地は、オーストラリアの北東、南太平洋に浮かぶ島国ヴァヌアツのペンテコスト島だそうです。

 それによると、ペンテコスト島のある家庭の家庭内暴力が、バンジー・ジャンプを生んだということです。簡単に紹介してみます。夫の暴力を恐れた妻が、ある日、島の蔓植物の高木に登って下りてこなくなりました。業を煮やした夫が、妻を捕まえようと自分もその木に登り、もう少しで妻に手が届くという時に、妻がその木から飛び降りてしまいました。その瞬間、夫は妻の死を思い絶望し、妻を追って自分も飛び降りました。しかし、妻は自分の足にしっかりと蔓を結わいていたために助かり、夫だけが死にました。これが、ヴァヌアツのペンテコスト島に伝わるバンジー・ジャンプの起源です。ちょっと嘘っぽいんですが、もしこれが本当だとしたら、バンジー・ジャンプは賢い女性の知恵が生んだスポーツと言えるかもしれませんね。



オーストラリアは澳大利亜、ブリスベンは布里斯本 (2002/03/29)


 ブリスベン市庁に勤めるタンさんは、オーストラリアに移民した中国系マレーシア人です。同じアジア人ということで僕に親しみを感じてくれているのか、職場は全然違いますが、会う度にいつもニコニコと話し掛けてくれます。

 先日、そのタンさんに名刺をいただきました。名刺の表は当然英語ですが、裏は中国語でした。それを見ると、オーストラリアは「澳大利亜」、ブリスベンは「布里斯本」と書いてありました。英語の発音にかなり忠実に漢字を当てていて、「ああ漢字ではこう書くんだあ」と、妙に納得してしまいました。まあ、あえて言わせていただければ、ブリスベンは「布里斯弁」か「布里斯勉」の方が、日本人には分かりやすいけど...。

 中国語ではこのように書きますが、でも日本では、オーストラリアは漢字で「豪太剌利」と書きます。縮めて「豪州」と呼ばれるのは、皆さんよくご存知の通りです。この中国語と日本語の漢字表記の違いはどこから来たのでしょうか?中国語は英語の発音に近い「澳(おう)」で始まるのに、なぜ日本語は「豪(ごう)」で始まるのでしょうか?この辺のところを、明日は僕なりに考察してみたいと思います。



オーストラリアはなぜ「豪州」か? (2002/03/30)


 昨日の続きです。中国語ではオーストラリアは「澳州」、日本語では「豪州」と書きます。中国語の方が、オーストラリアの語頭に合わせて「澳(オウ)」という漢字を使っているのに対し、日本語では「豪(ゴウ)」となっているのはどうしてでしょうか?以下は僕の独断に基づく勝手な推測です。

 いつのことかは分かりませんが、昔の日本で、オーストラリアという国に該当する漢字を考案することを言いつけられた担当官がいたとして、その人を仮にAさんとしましょう。このAさんも、まず最初は「オウ」と読める漢字、すなわち「奥」や「黄」や「央」などを頭に思い浮かべたはずです。しかし、「奥州」ではそのまま「みちのく」を表す漢字と同じになってしまうし、他の「オウ」と読む漢字を使ったところで、ヨーロッパという意味の「欧州」と混同されがちだと考えたのではないでしょうか。この時点で、オーストラリアが日本語で「オウ州」と呼ばれる可能性は消えたのです。

 次にAさんは、「オウ」になるべく近い発音で、何かオーストラリアという国に関係する音はないかと考えたはずです。「コウ」、「ゴウ」、「ソウ」、「ゾウ」、「トウ」、「ドウ」などと考えを巡らせているうちに、Aさんはあることに気が付きます。それは、数百万年前までオーストラリアは、南米やアフリカ大陸、そして南極大陸などと一体で、その巨大な大陸の一部だったということです。その大陸の名は、「ゴンドワナ大陸」です。ここで、オーストラリアと「ゴ」という音がつながり、Aさんは「ゴウ州」で行こうと決めたのです。あとは、「豪」という漢字を適当に選んだだけでしょう。以上が僕の推理です。豪州の由来は、「ゴンドワナ大陸」が絡んでいるという訳です。我ながら鋭い推理だと思うのですが、どうですか?

 まあ、理由はともあれ、オーストラリアに「豪州」という漢字を用いたのは、今から思えばこのAさんには、先見の明があったとしか思えません。なぜなら、この「豪」という漢字は、今のオーストラリアの特徴をとてもよく表しているからです。僕が知る限りオーストラリア人は、「豪邸」に住み、「豪華」な食事と「豪酒」を楽しみ、カジノで「豪遊」し、「豪快」にバンジー・ジャンプを飛び、時にできもしないことを「豪語」し、「豪雨」を浴びても物ともしない「豪傑」ばかりです。「豪放磊落」で、「豪勇無双」だと言ってもいいでしょう。どうです。やっぱりオーストラリアは、「豪州」と呼ぶに相応しい国だと思いませんか。



日曜日はリゾート気分 (2002/03/31)


 今週末は、イースターで4連休なんです。おとといの金曜日から明日の月曜日まで、お休みです。せっかくの4連休だから、どこかに行こうかなあと思ってはいました。でも、考えてみたら2月の中旬からワシントンへの往復、バングラデシュへの往復、バングラ国内でのフィールド旅行と、5週連続で週末は飛行機に乗っていて、先週末は八戸からのお客さんたちとゴールド・コーストへ行き、しかも今度の週末もメルボルンへ出張なので、今週末くらいはブリスベンでゆっくりしようということに決めました。

 僕のブリスベンでの日曜日の過ごし方は、ブリスベン川沿いの遊歩道に立ち並ぶマーケットを見ながら散歩をすることから始まります。このマーケットは日曜日だけなのですが、テントを張ったり、屋台に商品を並べたりして、実にいろいろな物を売っています。雑貨や洋服、おもちゃ、家具、絵画、食品、植物などなど何でもありです。中国系の人たちが、イスやテーブルを置いて、マッサージをしてくれる場所もあり、僕もよく足のマッサージをしてもらいます。マーケットを一通り見た後で、川を眺めながらブランチを食べます。

ブリスベン川  日曜日の午後、特に予定がない時は、夕方早い時間に再び川沿いのレストランかバーに戻ってきます。屋外の席に陣取って、大抵は半ダースの生牡蠣と冷えた白ワインを注文し、亜熱帯の陽射しと川からの風を受けながら、お腹がすくまで読書をします。お腹がすいたら、そのまま何かディナーを食べて帰ってきます。せっかくブリスベンに住んでいるのだから、このように、日曜日は思いっきりリゾート気分を味わうことにしています。特に、生牡蠣を食べると「リゾート」っていう気分になるのは僕だけでしょうか。ちなみに新鮮な生牡蠣は、レモン汁をたらすと、身が少し縮むように動くんだそうです。この間の牡蠣は縮んだのに、今日の牡蠣は縮みませんでした。

 僕のブリスベン滞在も、残すところあとちょうど2ヶ月となりました。こんなリゾート気分の日曜日も、もう数えるほどしかありません。



Local & Global〜地方公務員から転身した国際公務員のサイト
( http://www.keicho.com )