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第2章 沸騰する都市ジャカルタ




2.沸騰する都市ジャカルタ

 南半球屈指の大都市ジャカルタは、300あまりの種族、約250の言語、そして赤道を挟んで散在する大小1万3千あまりの島々からなる世界で最も多様性に富んだ国インドネシアの誇る首都である。ジャカルタもまた第三世界の大都市に共通するように、出生率の高さに加えて食と職を求める農村からの大量流入が原因で、街は人で溢れており、スラム街居住者、公有地のスクウォッター、路上のホームレス等を見る限り、その潜在人口は当局の発表している約7百万人を優に越えていると想像することは容易である。人間の多さもさることながら、車の量も負けてはいない。劣悪な道路事情、少ない交通規制、パラトランジット、ドライバーのモラル欠如等が複雑に絡み合い、車の列はいたるところで渋滞し、排気ガスがたちこめている。降り注ぐ灼熱の陽光の中で、人と車、高層ビルなどが無秩序に衝突し、正に街が沸騰している。そして、混沌とするジャカルタの活気がその気化エネルギーを生み出しているように思える。

 ジャパナイゼーションの波を受け、中心街には高層ビルやホテル、デパートが華やかに建ち並ぶジャカルタは、一歩路地を入ると、たれ流しの側溝やごみためからの悪臭に鼻を覆いたくなるような醜悪な環境とも隣り合わせている。私はジャカルタのごみ捨て場で、スカベンジャーなるものを初めて目にし、少なからぬショックを受けた。彼らはごみの中から有価物を回収して生活をしている。不衛生極まりないが、背に腹は変えられない。私たちが日本でなにげなく捨てている空き缶や空き瓶が、ここジャカルタでは無数のスカベンジャー達とおそらくその家族の生活の糧となっているという事実に、南北格差を痛感し、得も言われぬ複雑な気持ちに襲われた。

 こういったスカベンジャー同様、ベチャ引きもまた、ジャカルタの底辺で暮らしている人々ということができるだろう。ベチャとは自転車を利用した準公共輸送手段で、庶民の重要な足である。風を切って走るベチャは実に爽やかで、料金は交渉次第、坂道では自転車を降りて押さなければならず、過酷な肉体労働と言える。そして何よりベチャは、農村からの流入人口に対して労働の場の提供という役割を担っているのである。しかしこのベチャも、数年前からジャカルタの主要な幹線街路からは、締め出されてしまった。いずれ都市のある発展段階において、このような交通手段がなくなってしまうことは目に見えている(現にジャカルタでは、最初に訪れた時に比べて最近はこのベチャが減ってきているような気がする)が、個人的にはそれが非常に残念でならない。

 また、ジャカルタの道路では実に多くの子供達が新聞や雑誌、あるいはキャンディーなどを売って働いている。見ているこちらがハラハラさせられる程、かなりの交通量が行き交う路上を平気で、そして時に裸足で闊歩し(信号機もあまりなく、横断歩道に限っては皆無のジャカルタでは、人々はみんな実にうまく激しい車の流れを縫って道路を横断している)、さして売れるとも思えない販売活動を続けている。この国では、ごく一部の富裕階級を除けば、子供といえども家族の生活を支える重要な稼ぎ手であり、子供が多いことは家族の収入増につながる可能性もあるかもしれない。この辺は、途上国における人口増加率の高さと大いに関係のあるところであろう。こういった子供達は、小さいうちから働くことを当然のように受け止めているようで、そろって明るく元気で、私の目には働く喜びこそあれ、悲惨さはこれっぽっちもないように映ったのが救いであった。彼らの大部分はきちんと学校にも通っているらしく、むしろ塾通い、遊びはファミコンといった日本の今の子供達に比べたら、よほど人間的な生活のように思えてならない。

 アセアンの拠点都市として発展を続けるジャカルタにおいて、スカベンジャーやベチャ引き達は、都市の裏側の部分のほんの一面にすぎない。しかし単に環境衛生の向上や交通機能の円滑化のみのために彼らを排除し、先進国の理論やシステムを採用することは危険であり、時に無策となる。例えば、日本のような自治体によるごみの定期的な収集・処理の体系(ジャカルタでも一部の地域では行われている)を完全に確立しようとすれば、スカベンジャー達の生活を脅かすことになるし、ベチャの全面的廃止が起こったとしても同じことである。貧富の差が激しいジャカルタ(富裕層は庭のプールで彫像の龍を飼い、庶民はせいぜい犬か猫、最貧層は野良犬たちと道端で寝起きする。一億総中流の日本とは訳が違う)では、貧困層が絶対多数であり、彼らを無視することは大きな社会問題となるのである。富の平等分配が大前提であるが、こういった様々な社会的、経済的、歴史的、地理的な制約条件の中から、都市に渦巻く難問に対する独自の最適解を見つけるのは容易なことではなく、ジャカルタの苦悩はまだ続きそうである。(第2章終わり)

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