フロントページメジャーデビュー>後藤百合子

中国で繊維ビジネスを手掛ける
後藤百合子さん




<国際会議での思いを行動に変える>

 大半の人たちと同様、私も大学卒業時に「絶対にこんな仕事をしたい」というものはありませんでした。何か新しいことをしてみたいと思ったので、当時はまだ黎明期を迎えたばかりのコンピューター・ソフトウェア関係の仕事を皮切りに、興味の向くまま、広告や出版の仕事をしており、20代半ばまでは、特に自分の仕事の将来図も描いてなかったような気がします。そんな私を決定的に変えたのは、1990年に香港で開催されたコンピューター・ソフトウェアの会議にレポーターとして出席したことです。これは、台湾の某コンピューター・メーカーの社長が組織した会議で、台湾、香港、ASEAN諸国を始め、何と当時、台湾とは国交断絶と考えられていた中国の国家科学技術院の高級官僚までが出席し、今後のコンピューター・ビジネスと国家の政策について、白熱した議論を交わしていました。日本がバブル熱に浮かれていたとき、日本のすぐお隣の東アジアでは何かとんでもないことが起こりつつある、とひしひしと感じました。特に中国科技院の幹部の見識の高さには驚愕しました。そこで、94年に香港に渡り、1年間北京語を勉強した後、日系の専門商社で働くようになりました。みるみるうちに変化・発展していく中国を目の当たりにするとともに、中国人をじっくり観察・研究する機会も得ました。97年の香港の中国返還後、日本に帰国し、現在、父から受け継いだ繊維関係の会社を経営しながら、2000年に、中国の浙江省に100%出資の子会社を設立。1年の準備期間の後、やっと本格的に稼動し始めたところで、日本と中国を行ったり来たりしています。

<国際化とは、世界のすべての国の人々と競争するということである>

 「国際化」というと、英語を話せるようになる、とか、外国人と仲良くするとか、というイメージを持っている方が多いと思いますが、私見を言わせていただければ、それは間違っています。21世紀はまさしく、国際化の時代であり、ボーダーレスな時代ですが、これは、良い意味でも悪い意味でも、競争が激化するということなのです。10年前までは競争の参加者が少なかったのですよ。私のところのような中小企業なら、国内のライバルだけを考えていればよかったし、大企業でも、アメリカや西ヨーロッパ諸国と競争していればよかった。しかし、現在、製造業の国、日本で販売されている商品の何%が日本製でしょうか? 中曽根元首相が、「もっと輸入を増やしましょう」とデパートで輸入品のネクタイを買ってテレビに映って見せたのははるか遠い過去の出来事です。数年前、戦火にあったクロアチアでさえ、ベネトンのTシャツを縫製していました。東南アジア、北アフリカ、ラテンアメリカ、と国際競争への参加国、参加者は増加の一途をたどるばかりです。その中で、いかにして生き残っていくかを真剣に考えることこそ必要だと思います。

<語学は目的でなく、手段である>

 言うまでもなく、言葉は他人とコミュニケーションをするための手段の一つです。ですから、「英語がいかせる仕事がしたい」というのは、本末転倒です。「この仕事をするために英語(もしくはインドネシア語でもいいですが)が必要である」というのでなければ、仕事などできません。英会話教室のCMなどを見ていると、何のために語学を勉強するのか、その前に、あるいはそれと同時に、もっとしなければならないことがあるのではないか、と思うことがよくあります。ビジネスで使うなら、流暢な英語(や中国語)など話せなくても問題はないですよ。話す内容こそが問題なのです。

<日本は劣っているということを、認識すべきである>

 日本の何が劣っているか、というと、まず第一に、地理的条件です。いかに交通の便が良くなったとはいえ、私たちは、世界から見れば、極東の辺鄙な離れ小島に住んでいるイナカ者なのです。そして、資源はほとんど何もありません。1億3千万人の市場はありますが、増加の一途をたどる老人は貯蓄に励んで消費をせず、甘やかされた若者は働こうとせず、おまけに、少子化で、将来はどんどん先細りです。私たちはイナカ者なので、スケールの大きいことはあまり考えられません。商売はとっても下手で、外国語もほとんど話せません。政治家は無能ですし、官僚は既得権の確保に汲々としています。税金は高いし、おまけに、金融は完全に破綻しています。さて、どうしたらよいのでしょう?そこから先が私たちに与えられた課題ではないでしょうか。

<人は食にあり>

 最後に、唐突ですみませんが、中国人と10年近くつきあってみて一つ、わかったことがあります。それは、よく食べるということです。中国ビジネスではまず、何はさておき、食事です。また、工場の食堂で、ご飯のおかずが少ないと言って、工員のストライキのある国ですから(実際、とても少ないとは思えない量なのですが)、中国人のあの凄まじい生命力とパワーは、食にあるような気がしてなりません。逆に、日本人に元気がなくなってきているのは、飽食の果て、食べることにあまり執着しなくなってしまったからではないかとも思います。とにかく、食べる。食べてから、考える。私も最近は実践しています。 (2002年3月掲載)



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