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WASHINGTON 通信(February 2003)スペースシャトル「コロンビア」の空中分解で、アメリカ全体が喪に服しています。改めて、亡くなった7人の勇敢な宇宙飛行士たちを追悼したいと思います。7人の中には、イスラエル人、インドからの移民者、黒人系アメリカ人が含まれていました。女性も二人いました。ワシントン界隈では、アメリカ連邦政府の建物に、今度の水曜日まで半旗を掲げるそうです。 関連ニュースを見ていて、いかにも今日的だと思った報道が二つありました。ひとつは、「今回の空中分解は事故によるもので、テロの可能性はない」と直ちに発表されたこと。もうひとつは、「イラクの首都バグダッドの人々は、この事故を『神の報い』と呼んだ」というものです。テロでも、神の報いでもあるはずがない。事故は事故として、原因を究明し再発防止策を徹底したら、僕らに夢を与えてくれる勇敢な宇宙飛行士たちのチャレンジはまた続くはずです。その時を信じて、黙祷。 もう大分前ですが、僕はアメリカのオクラホマ大学で修士号を取りました。とは言っても、ほとんどの単位は故郷・八戸の隣町にある米軍三沢基地内のオフキャンパス・プログラムで取ったんです。昨日、オクラホマ州のその母校から手紙が来ました。ファンド・レイジングの要請です。早い話が、寄付のお願い。まあ、現在僕がこうしてアメリカで暮らし、世界中へ出張して好きな仕事ができるのも、この大学のおかげなので、毎年最低限の寄付はするようにしています。寄付をすると、大学のニューズ・レターや会報が年に何回か送られてきます。 昨日届いたその手紙によると、過去5年間にのべ7万2千人の卒業生が、オクラホマ大学に寄付をしているということです。年間平均1万4千人で、一口50ドルからなので、最低でも年間70万ドル集めています。実際は、100ドル、200ドルと寄付する人もいるはずなので、その数倍は集まっているんでしょう。オクラホマ大学は州立なので州政府からの補助金が与えられていますが、その他の主な財源は、学生の授業料と、さらにこの寄付金だそうです。驚いたのは、大学の運営費に占めるこの寄付金の割合が50%以上だということです。まあ、卒業生ばかりではなく、いろいろな企業が大口の寄付をしているのかもしれませんが。 僕は日本では、某国立大学を卒業しましたが、その日本の母校からは、ただの一度も寄付の要請を受けたことがありません。国立大学だから、国からの補助金がかなり注ぎ込まれているのでしょう。日本は税金で強制的に集めて、お上がそれを分配する。アメリカは市民が寄付をしたいところに寄付をする。これは実に対照的なことですが、この日米の違いは、何も大学への寄付に限ったことではないような気がします。税金で分配するより、個人の意思による寄付に頼った方が、寄付をするかしないか、そして寄付をする場合でも、金額や寄付をする相手を自分で決められるという利点があります。何も自分の母校に寄付をしなくても、いい研究をしていると思う大学があれば、そっちに寄付をしてもいいんです。そうすることで、大学同士の切磋琢磨に繋がるかもしれません。ということで、今年もアメリカの母校に50ドル寄付します。最低金額ですいませんが...。 先週から妻がアフリカに出張しているので、この週末がひとつのヤマでした。何がヤマかと言うと、幼い娘を二人抱えて、いかに週末を乗り切るかです。平日は、娘達はデイ・スクールに行くし、パートタイムのナニーが来てくるので大丈夫ですが、週末は何から何まで僕がやらなくてはいけません。まあ当然ですけど。でも思ったより、あっさり乗り切れました。唯一の失敗は、昼寝をさせられなかったことくらいです。 いつも思うんですが、妻がいないと娘達はとてもいい子です。あんまり我がままを言いません。幼いながらに、父親を気づかっているのかもしれません。でも、やっぱり子供が小さいうちは、仕事のある平日より週末の方が格段に疲れます。今日、月曜日を迎えて本当にホッとしました。 アメリカではカタログ商法が盛んなのか、郵便受けにはほぼ毎日のように、何らかのカタログが入っています。ファッション関係のものが多いですが、おもちゃや雑貨、家具など何でもありです。そのカタログを見て気に入った商品があれば、電話により注文し、在庫があれば大抵は数日から1週間くらいでその商品が送られてきます。うちの妻も、時々このカタログ商法を利用しています。 ファッション関係のカタログに登場する女性モデル達は、当然ながらとても綺麗で、白人、黒人、アジア系など実に多彩な人種がいます。しかしながら、男性モデルはとなると、白人と黒人のモデルしか見たことがありません。アメリカにアジア系の男性モデルはあんまりいないようです。 と、まあイントロはこれくらいにして、本題に入ります。あれは、アメリカに来て割とすぐでしたから、多分1995年頃です。実は、そのアジア系男性モデルにならないかと、スカウトされたことがあるんです。えっ、誰がって。この慶長がです。ヴァージニア州アーリントンの街を歩いていたら、ある白人の中年男性が近づいてきて、「Good-looking(カッコいいね)!アジア人のモデルを探しているんだけど、やってみない?興味があったらここに電話して」と、名刺をくれました。その名刺には、本当に「○○モデル事務所」と書いてありました。 早速このことを職場の同僚や友人に話すと、「どうせ、デパートのチラシか何かの冴えないモデルだろ。やらない方がいいよ。」とか、「そいつは絶対ゲイだよ。モデル事務所の名を語ってお前をおびき出し犯そうとしているに決まっている。アジア人男性は、その筋には人気があるんだ」とか、ネガティブな反応ばかりでした。そう言えば、アメリカに来てから、男にウィンクをされたことが何回かあります。 僕ははっきり言って、「モデル」に興味があったんですが、僕の周りでは「ゲイ説」を唱える人があまりにも多くて、結局そのモデル事務所には電話をしませんでした。でもしばらくは、スターへの階段を登る可能性に後ろ髪を引かれて、そのもらった名刺をなかなか捨てられませんでした。結局、その名刺を処分しようと決心するまでに、数年間を要しました。あの時、もし電話をかけていたら、今ごろは.....。 アメリカはご存知のように連邦国家ですので、州によっていろいろな法律が異なります。車のシートベルト着用に関しても、そうなんです。実は、アメリカでシートベルト着用が義務付けられていない州がひとつだけあります。それはニューハンプシャー州です。他の49の州では、一応シートベルトの着用は州法で義務付けられおり、このうちの16州では、後部座席も含めて乗車している全員がシートベルトを締めなければいけないことになっています。一応と書いたのは、シートベルトの着用が義務化されている州でも、罰則規定がない州が多いからです。シートベルトが義務化されている49州のうち、罰則が適用されるのはたった19州だけです。残りの30州ではシートベルトをしなくても、それだけでは何ら罰を科せられないことになっているのです。これでは義務化の意味がなく、全くのザル法状態と言わざるを得ません。 ワシントンDCのお隣、僕が住んでいるヴァージニア州も、このザル法を適用している州のうちのひとつです。つい最近、そのヴァージニアの州議会で、シートベルトの非着用者に罰則を科そうという法案が審議されました。しかしながら、州議会上院の交通委員会で否決されてしまいました。否決の理由は、「シートベルトをするかしないかなんていうのは個人の自由だ。そんな事に罰を科すのは、個人の自由な権利に対する公権力の侵害だ」というものです。う〜ん、実にアメリカ的だ。 でも運転者の立場からすれば、州によってシートベルトの法律が異なるっていうのは、ちょっとややっこしい気がします。例えば、先月ヴァージニア州からメリーランド州を経てペンシルバニア州まで車で行った時のことを例にしてみます。この3州のうち、シートベルトの罰則規定があるのはメリーランド州だけですから、ヴァージニア州ではシートベルトをしなくても問題ないわけです。メリーランド州との州境を超える瞬間にシートベルトを締め、またペンシルバニア州に入ったらシートベルトをはずしてもいいのです。こんなことをするドライバーはまずいないでしょうけど、どうしてこのシートベルトに関する法律が州ごとに異なる必要があるのか、どうもスッキリしません。自治の原則は分かりますが、これは統一した方がいいような気がします。まあ、いつでもどこでもシートベルトを締めていれば問題はないのですけれど。 昨日木曜日の夜からワシントンで降り始めた雪が、今日金曜日の午前中まで続き、15センチくらい積もりました。「ワシントンでは、雪が降ると学校やオフィスがすぐ休みになる」と先月も書いたように、ワシントン界隈の学校は、今日は全て休みでした。当然のように娘達のデイ・スクール(保育幼稚園)も休みでした。オフィスの方は、「Unscheduled Leave(休むのに許可がいらない日)」でした。妻が出張中のため、娘達のデイ・スクールが休みとなると、僕が娘達と一緒に家にいてやらなければならず、仕方なしに今日は仕事を休みました。 「仕方なしに」と書いたのは、今日は絶対にオフィスに行く必要があったからです。どうしても今週中に終わらせなければいけない仕事があったのです。今日の雪は全く予想外でした。普段なら雪で休みになると嬉しいのに、今日はちっとも嬉しくありませんでした。どうして、これくらいの雪で学校が休みになるのかと、腹さえ立ちました。おかげで、この週末は仕事をしなければならなくなりました。幸いなことに、夕方に妻が無事アフリカから帰国。この週末は、娘達の子守りをよろしく!! ワシントン界隈で運転していて気づくのは、道を曲がる時や車線変更をする時にウィンカーを出す車がとても少ないということです。僕の印象では、曲がる時にウィンカーを使うドライバーは50%くらいです。車線変更の時となると、もっともっと少ないです。これは場合によっては、とても危ないことだと思います。 理由のひとつは、アメリカの道路は広くて、右折・左折レーンやカーブ専用レーンがある場合が多いので、わざわざ方向指示を出さなくてもいいだろうというのもあるかもしれません。アメリカはご存知のように、車は右側通行ですが、右折は赤信号でもOKの交差点が多いです。結局、左側から車が来るか来ないかは、自分で確認して気をつけて右折しなさいという訳です。このあたりも「自由と自己責任」なんです。 ウィンカーの話に戻りますが、僕は、アメリカ人にウィンカーを使う人が少ないのは、運転免許を取る際にきちんと教習を受けていないからではないかと思うのです。アメリカでは州にもよりますが、運転免許の取得がとても簡単です。日本のように教習所に通ったりする必要はありません。時間もお金もかからずに誰でも免許が取れるのです。 交通規則を問う簡単なペーパー試験(最近はペーパーではなくコンピューター試験が主流ですが)と、実地試験の二つに合格すればいいので、早い人は2日で免許が取れます。実地試験には、車で試験場に行かなければいけません。自分が乗っていった車で試験をするからです。まだ免許証を持っていないのに、車を運転して車で行かなければならないのです。これはどう考えてもおかしな制度です。 僕が免許を取ったときの実地試験でも、坂道発進も縦列駐車も試されずに、街中をぐるぐると運転しただけであっさり合格しました。車社会のアメリカです。車がないとはっきり言って生活に困ります。だから免許取得のハードルも低いんでしょうか。でも、ウィンカーは自分のためじゃなく、周囲の車や歩行者とコミュニケートするためにあるんですから、しっかりと使ってほしいです。 昨夜アトランタで行われたNBA(アメリカのプロ・バスケットボール)のオールスター戦は盛り上がりました。僕も8時半から11時半までテレビに釘付けでした。このオールスター戦で誰もが注目していたのは、新旧の二人です。「新」の方は、ルーキーながらオールスター戦のスタメンに選ばれた身長226センチ、22歳の中国人ヤオ・ミン(漢字ではどう書くんですか?)。「旧」の方は、ご存知のスーパースター、今期限りの引退を表明しているので今回が最後のオールスター戦となった39歳のマイケル・ジョーダンです。しかしながら、この二人の活躍は好対照でした。ジョーダンが随所で味のあるプレーを見せていたのに、ヤオ・ミンはたったワン・ゴールしか決められず、後半は全くと言っていい程、出番がありませんでした。 ゲームの方はスリリングな大接戦で、二度の延長の末、西軍が勝ちました。最初の延長戦の残り4秒というところで、ジョーダンが相手ディフェンスの執拗なチャージのため後ろに倒れながら放ったシュートが決まり、この時点で138対136とジョーダンの所属する東軍がリードしました。残り時間から見ても、東軍が勝利し、ヒーローはジョーダンだと誰もが思ったはずです。僕自身も、全くジョーダンの引退に相応しく、まるで誰かが筋書きを書いたような劇的な幕切れだと思いました。しかしその数秒後、残り時間1秒のところで、東軍選手の反則により、西軍がラッキーなフリー・スローを得ました。このフリー・スローが二本決まって、再び138対138の同点になり、二度目の延長に突入したというわけです。 さて一方のヤオ・ミンですが、昨日の試合を見る限りでは全く精彩がありませんでした。体調でも悪かったんでしょうか。高さはありますが、NBAの黒人選手たちのバネとスピードについていけてないという印象を受けました。しかし、このヤオ・ミンのおかげで今年のNBAは一気に国際化したという感じがします。このヤオ・ミンはこちらのマスコミの注目度も抜群で、既にCMに出演したりしています。外国人選手の中では、なぜかこのヤオ・ミンばかりが目立っていますが、NBAにはリトアニア、ドイツ、スペイン、トルコ、ロシア、ユーゴスラビア、フランス、ブラジル、アルゼンチン、カナダ、そしてコンゴからも選手が来ています。 ヤオ・ミン選手に関する最近のアメリカでの報道を見ていると、ちょうど1995年に野茂がメジャー・リーグにやって来た時のことを思い出します。あの時の野茂も、今のヤオ・ミンと似たような報道をされていました。スポーツは違っても、野茂も今年のヤオ・ミンと同じように、ルーキーの年にオールスター戦で先発しました。僕は1994年の夏に一人ぼっちでアメリカに来て、翌年の野茂の活躍に大きく励まされ、そして勇気付けられたものです。野茂を見習って、辛いことがあっても頑張ろうと思ったものです。今アメリカにいる中国人の中には、あの時の僕のように、ヤオ・ミンに刺激を受けている若者がいるかもしれません。 さて、昨夜のオールスター戦、ハーフ・タイムではマライア・キャリーが登場し、ジョーダンのために彼女の名曲「ヒーロー」を熱唱しました。マライアの衣装が妙にセクシーで、見ていて得をした気分になりました。 先日いつもより少し帰りが遅くなったし、最近地下鉄が故障続きで全くあてにならないので、丁度通りかかったタクシーを発作的に止めてしまいました。ところが僕の乗ったそのタクシーが、何と一方通行の道路を間違って逆に進入してしまい、近くにいたポリスに止められてしまいました。急いで帰るためにタクシーに乗ったのに、とんだ時間のロスでした。 でも、そのポリスとタクシーの運転手の会話が面白かったんです。ポリスの方は、運転手をからかうようにニタニタと笑いながら「一方通行のサインが見えなかったの?」とか、「この道路が一方通行なのは誰でも知ってるはずでしょ」とか言いながら、免許証をチェックしていました。タクシーの運転手の方は、慣れた感じで適当に謝っていました。で、結局、反則キップも切られずに、無罪放免となったのです。 その後、車内でその運転手が僕に話し掛けてきました。「どうして反則キップを切られなかったか教えてやろうか」と言うのです。「リア・ウィンドウのスティッカー(シールのこと)を見てごらん」と言われて振り向くと、そこには「ポリスのサポーター」と書かれた丸いスティッカーが貼られていました。「これは何?」と僕が聞くと、「俺は毎年100ドルくらいずつ、ポリスに寄付をしているのさ。そのスティッカーはその証拠。さっきのポリスも、そのスティッカーを見たから、キップを切らずに見逃してくれたのさ。この辺のポリスは、みんな俺の友達みたいなもんだよ」ということでした。 彼の言っていることが本当なら、警察に寄付をしているから、交通違反を見逃してもらえたんだということになります。彼がそう思うのは勝手ですが、もし仮に寄付をしている人は罰せずに、寄付をしてない人だけを罰したら、ちょっと問題ですよね。警察は、誰に対しても平等に法を執行してほしいです。多分、寄付とは関係なく、あのポリスはあの日何かいいことがあって、虫の居所が極端に良かったに違いない。だから、見逃してくれたのさ。おっと、気分次第の法の執行、それも結構問題ですね。 昨日は警察に毎年寄付をしているというタクシー運転手のことを書きましたが、彼はエチオピア人でした。実はワシントンのタクシー運転手には、エチオピア人とエリトリア人が実に多いんです。次に多いのがパキスタン人の運転手です。この三カ国には仕事で行ったことがあるので、僕がタクシーに乗ると、車内で運転手さんと結構話が弾んでしまいます。あるパキスタン人の運転手さんは、パキスタンでは大学教授をしていたそうですが、パキスタンで大学教授をするより、ワシントンでタクシー運転手をした方が儲かるので移民してきたそうです。 ワシントンには様々な国の人が集まっていますが、「ある職業にはこの国の人が多い」という例は、タクシーの運転手以外にもあります。例えば、クリーニング屋さん。ワシントン界隈のほとんどのクリーニング屋さんは、韓国人が経営しています。これはどうしてなんでしょうか。それから、床屋さん。僕の印象では、ワシントンの床屋さんはベトナム人が多いです。出身国によって、得意な職業があるっていうのは、ちょっと面白いです。アメリカで日本人が目立っている職業と言ったら、う〜ん、メジャー・リーグの職業野球くらいかな。 アメリカは、先週からテロに対する警戒レベルが一段階上がっています。対イラク戦争の可能性が高まるにつれ、そしてそのXデーが近づくにつれ、アメリカに対するテロの恐怖も高まるという事態になっています。ワシントンの街中も、地下鉄の駅にも、パトロールをする警察官の数が多くなってきました。数日前には、不審物が発見されて地下鉄の駅が閉鎖されたり、橋が通行止めになったりという騒ぎもありました。地対空ミサイルがワシントンに配備されたというニュースもあり、いよいよ緊張が増してきました。 そんな中、おとといのワシントン・ポストには、家庭や個人でできるテロ対策として、次のような準備をするようにという記事がありました。ちょっと記録しておきます。 (1) 3日分の非常食や飲料水等、災害時の必需品を準備する。水は一人あたり一日1ガロン(約4.5リットル)、その他にも救急箱や毛布、手動の缶きりが必要。災害袋は自宅だけでなく車や職場にも常備しておく。 (2) 停電時でも使用できる携帯ラジオと予備電池を準備し、災害の際には現地当局からの指示を確認する。状況によっては退避するより自宅で待機するほうが安全な場合あり。 (3) 生物・化学兵器による攻撃に備え、自宅における避難部屋を設定しておく。ドアや窓、通気口を防げるよう、ガムテープ、ハサミ、ビニールなどを準備する。 (4) 災害が起きた場合の避難方法を含む、緊急対応策を家族と再点検しておく。 (5) 家族が離れ離れになった場合の連絡方法を定めておくと共に、はぐれた際の待ち合わせ場所を2箇所指定しておく。 (6) 周辺地域以外で、家族が安否を連絡できる友人又は親戚を設定する。 (7) 電話機近くに緊急連絡先を記しておく。 このうち、生物・化学兵器対策のために、窓や通気口をビニールやガムテープで塞ぐというのは、本当に効果があるんでしょうか。そんな応急処置で大丈夫なのかちょっと疑問です。でもやっぱり、ガムテープくらい買っておこうかな。ワシントンはいよいよ厳戒態勢です。 昨日はバレンタイン・デーでした。帰りの地下鉄の中には、バラの花束を抱えた中年男性が数人いました。おそらく家に帰って奥様に捧げるのでしょう。日本と違ってアメリカは、と言うよりも、僕が知る限り日本以外の他の国では、バレンタイン・デーは女性から男性に贈り物をする日ではなく、むしろ男性から女性に贈り物をする場合が多いようです。その贈り物も、チョコレートに限らず何でもありです。とは言っても、僕はアメリカに来てから、子供ができるまでは、ほとんどバレンタイン・デーを意識したことがありませんでした。日本なら、義理チョコとかもあって、バレンタイン・デーの日はいくつチョコレートがもらえるか、男性ならちょっと気になるところです。しかし、ワシントンの僕の職場では、バレンタイン・デーの話題は全く出ません。昨日もそうでした。 「子供ができるまでは」と書いたのにはわけがあります。うちの娘達は2歳からデイ・スクール(保育幼稚園)に通っていますが、そこでは毎年バレンタイン・デーにちょっとしたパーティーをするからです。そのパーティーでは、バレンタインのカードと小さな贈り物(キャンディーやチョコなどのお菓子が多い)を交換します。これは男女の別なく、全員と交換するのです。昨日もうちの娘達は、クラス全員から箱にいっぱいお菓子をもらって来ていました。だから、うちの娘達は2歳の時からバレンタイン・デーを知っているのです。 僕自身が初めてバレンタイン・デーを知ったのは、確か小学1年生の時でした。2月14日に、クラスに一人だけチョコレートをもらった男子がいました(僕じゃないですよ)。それがクラスでちょっと話題になったんです。おそらく男子も女子も、その時のクラスのほとんどの児童が、それで初めて「バレンタイン・デーというのは、好きな人にチョコレートをあげる日だ」というのを知ったんだと思います。翌日2月15日、いつものように教室に着いて席に座ると、僕の机の中に何か入っているのに気がつきました。何と、綺麗に包装されたチョコレートだったのです。1日遅れのチョコレート、子供ながらに結構嬉しかったのを覚えています。きっと、前日の出来事でバレンタイン・デーというものの存在を知ったクラスの誰かが、朝早く来て、僕の机に入れてくれたんでしょう。でも、誰があのチョコレートをくれたのかは、結局分かりませんでした。あれは誰だったのか、あの時の事を今思い出しても、とても気になります。 今日の月曜日はお休みでした。初代大統領のジョージ・ワシントンと、16代大統領のエイブラハム・リンカーンが共に2月生まれなので、2月の第三月曜日はこの二人の偉大な大統領の誕生日を記念して「大統領の日」という休日になっています。 さて三連休となったこの週末の日曜日、朝起きてカーテンを開けると真っ白で何も見えませんでした。最初窓が曇っているのかと思いましたが、よく見ると一面の雪景色。しかも細かい雪が間断なく吹雪いていて、全く視界がきかなかったのです。正にホワイト・アウト状態。結局この雪が今日月曜日の朝まで降り続き、ワシントンで40センチの積雪を記録しました。当然、街中が麻痺状態で、バスや列車は運休、ワシントン界隈にある三つの空港では飛行機もほとんどキャンセル、地下鉄はかろうじて運行しているみたいですが大幅にダイヤが乱れ、近くのショッピング・モールやスーパー・マーケットは昨日も今日もお休みでした。おまけに今日は新聞も来ませんでした。そして遂にこの雪のため、ワシントン界隈の州を含めアメリカ東部のいくつかの州には、「緊急事態宣言(State of Emergency)」まで出されてしまいました。病人や医薬品の緊急輸送に備えてでしょうか、テレビでは「4WDの車とボランティア運転手募集」というアナウンスをしきりに繰り返しています。 幸か不幸か、今回の大雪は週末に訪れました。これを書いているのはワシントン時間の月曜の夜ですが、実は既に明日火曜日の学校もオフィスも閉鎖されることが決まっています。長い週末がもう1日さらに長くなったことになります。スーパーやお店が閉まっていても、皆テロに備えて水や食糧を買いだめしていたので大丈夫なんだそうです。飛行機も飛ばず、車も走れずで、人の集まるイベントもキャンセル続きですから、ここ数日はテロもないでしょう。こんな状態では、テロリストだって移動が困難なはずですから。 今日火曜日は週末に降った大雪のため、学校もオフィスも休みでした。しかしながら、妻も僕も早急に片付けなければならない仕事があり、娘達をナニーにあずけて、オフィスに行きました。こういう時は電話もならないし、Eメールも少ないし、邪魔をする同僚もいないので、仕事がはかどります。 明日の水曜日も、ワシントン界隈の学校は休みだと発表されました。これで子供達は5連休です。地域によっては、既に今週いっぱい学校は休みだと発表したところもあります。僕のオフィスは明日は「Unscheduled Leave(休むのに許可がいらない日)」です。また仕事がはかどりそうです。 週末に降った雪の影響で、ワシントンではまだ多くの学校がお休みです。うちの娘達のデイ・スクールは、ようやく今日から再開しました。道路も地下鉄も、通勤の足はまだ大混乱が続いていますが、雪の話題はこれくらいにして、今日は野菜の話題です。 アメリカの野菜は、日本のものに比べて大きいものが多いです。茄子はまんまるい「米茄子」と呼ばれるものが主流ですし、胡瓜もゴロンとず太いんです。こういう野菜は、味も大味で歯ごたえもなく、あんまり好きではありません。有機野菜を売っているようなグルメ志向のスーパー・マーケットに行くと、小さめの「イタリア茄子」や少し細めで歯ごたえも割りとシャキッとした「カナダ胡瓜」を売っています。でもやっぱり日本の茄子や胡瓜が恋しいです。 大き目の野菜ばかりだと言いましたが、ひとつだけ日本の野菜より小さいものがあります。それは、長ネギ。こちらの長ネギは細くて短く、まるで鉛筆のようです。長ネギと言うよりは、短いネギです。英語では「Spring Onion」といい、直訳すれば「春の玉ネギ」となります。日本ではネギが最初にありきで、それが丸く玉になったものが「玉ネギ」なのに、アメリカでは「Onion」が最初にありきで、長ネギを「春の玉ネギ」と呼ぶとはとても面白いですね。 そのグルメ志向のスーパーでは、他のアメリカの食料品店では滅多に見ない大根も売っています。しかし、大根をスーパーのレジに持っていくと、大抵の場合、レジ係の店員に「これは何」と聞かれます。そういう時は、「ダイコ〜ン」と「ダ」に思いっきりアクセントを置いて発音することにしています。さて、大雪が降った週末の我が家の食卓に、その「ダイコ〜ン」を使った大根おろしが焼き魚に添えられて登場しました。それを見た次女が、「あっ、雪!!」と大声を上げました。確かに大根おろしは、雪のように見えなくはないですよね。 二週間ほど前に長女が4歳になりました。大雪で延び延びになっていた「お誕生会」を今日我が家でようやくやりました。長女が通うデイ・スクールの同じクラスの女の子達が、お父さん、お母さんと一緒に来てくれました。妻が中国人の経営するパン屋さんで買ってきたバースデイ・ケーキが、そのお父さん、お母さんたちに好評でした。甘すぎず、あっさりとしているからです。そう言えば、アメリカのケーキはとても甘くて、色もどぎついのが多いです。 さて、アメリカの「お誕生会」では、誕生日を迎えた子がプレゼントをもらえるのは当然ですが、「お誕生会」に来た子供全員に何かおみやげが渡されるのが慣習になっているようです。うちの娘達も、何度か友達の誕生会に出席したことがありますが、そのたびにおみやげをもらって帰ってきました。そのおみやげは「Goody Bag」と呼ばれていて、お菓子や小さなおもちゃが入っていることが多いんです。今日我が家で用意した「Goody Bag」の中味を紹介します。 1.ぜんまい仕掛けで動く動物の模型 2.女王様の冠 3.おもちゃのサングラス 4.人気キャラクターのスティッカー 5.ゴムでできたミニチュア恐竜 6.光るおもちゃの口紅 7.貼るイレズミ 8.フルーツ・グミ・キャンディー ワシントンの日本大使館からEメールが来ました。それによると、大使館の領事出張サービスを、3月のある土曜日にボルチモアで行うということです。ボルチモアは、ワシントンから高速を飛ばして1時間半くらいのところにある街です。そのEメールを引用すると、「日本大使館では、日頃なかなか大使館までお越しになれない在留邦人の方々のために、旅券更新手続や在外選挙人名簿への登録手続等の領事出張サービスを実施する予定ですので、是非この機会をご利用願います」ということです。これは画期的なことですね。今まで偉そうにしていたあの大使館が、ようやく自分達は在留邦人にサービスをしなければいけないと気づいたんでしょうか。ちょっと気づくのが遅すぎるような気がしますが、こういうのはどんどんやってほしいです。 1994年にワシントンに来て以来、今まで何度も日本大使館の領事業務窓口に足を運びましたが、あんまりいい印象はありません。一番困るのは、パスポートの更新や在外選挙人の登録に関して、郵送で済みそうな事でも、本人が直接出向かなければいけないという規定があることです。そのくせ、土日は当然お休みで、おまけに平日も昼休みはしっかり窓口は閉まっています。これでは、仕事を持っている人は、少なくとも半日有給休暇を取らないと、用が足せないということです。ましてや、大使館から遠く離れて住んでいる人は、まる1日仕事を休まなければならない場合が多いでしょう。これこそが、在外選挙人の登録率が極端に低い理由だと言われています。これからは、出張サービスを増やすと共に、本人が出向かなくとも、郵送での申請・受け取りを許可するなどの改善をしてほしいです。それで不正が増えるとは、どうも思えません。僕の娘達は日米双方のパスポートを持っていますが、アメリカのパスポートは申請も受け取りも、全て郵送だけで取得できました。 以前ワシントンのクリーニング屋さんは、ほとんどが韓国人が経営していると書きました。クリーニング屋さんの他にも、「デリ(デリカテッセンの略)」と呼ばれるサンドウィッチを売っているお店や、ブッフェ形式のランチを提供するカフェなども、韓国人が経営していることが多いです。さらに、大抵のアパートやマンションの一階には、食料品や生活用品を販売するいわゆる「コンビニ」がテナントとして入っているんですが、そういった「コンビニ」のほとんども韓国人が経営しているんです。 ワシントンに来てから、「どうして韓国人には商売人が多いんだろう」と、ずうっと考えていました。その答えが、最近読んだ「馬を食べる日本人、犬を食べる韓国人」という本(「慶長の本棚」を参照ください)の中にありました。この本によると、「韓国人は、もともと終身雇用には縁がないので、いつまでも人に使われているのではなく、いつか独立して事業を始めようという人が多い」んだそうです。「会社に残っていた方が収入が安定するのに、あえて『社長』になりたがる」のが、韓国人の価値観なんだそうです。だから、ワシントンにもこんなに韓国人の社長が多いんですね。 一方、ワシントンの日本人はというと、学生を除けば、勤め人が圧倒的に多いです。日本人は安定志向というか、組織にすがる傾向があるようです。僕もその安定志向の典型なので、ワシントンにいる韓国人の逞しさには本当に恐れ入ります。 今日も目のまわるような忙しさで、帰りが遅くなってしまい、オフィスを出てタクシーに飛び乗りました。数分走ったところで、パトカーが二台停まって道をブロックしていました。僕の乗っていたタクシーは、当然そこでストップです。急いで帰りたい時に限って、こういうことが起こります。何事かと思っていると、運転手が「きっと大統領が通るんだろう」と言いました。 タクシーの車内で待つこと10分くらいだったでしょうか、4〜5台のパトカーと護衛車に挟まれるように、ブッシュ大統領を乗せた車が前を通り過ぎました。夜だったし、タクシーの車内からは、ブッシュの顔を見ることはできませんでした。大統領ご一行が通り過ぎたあと、道をブロックしていたパトカーは走り去り、ようやく僕を乗せたタクシーも家路へと向うことができました。車内ではパキスタンからの移民だという運転手が、「ブッシュめ、戦争なんかして何の得になるんだ。それよりも、俺の健康保険をどうにかしてくれ」とつぶやきました。 ( http://www.keicho.com ) |