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WASHINGTON 通信(August 2003)既にスリランカを発って、バンコック経由で成田に来ています。これからワシントンまで13時間ほどの長〜いフライトです。 スリランカのコロンボ空港では、搭乗前に足のマッサージが受けられます。20分で7ドル(米ドル)、30分で10ドルです。搭乗手続きと出国審査を終えても、搭乗までにいつも一時間以上あるので、僕は大抵この足マッサージをやります。これがとても気持ちいいんです。いつもは20分コースですが、今回は奮発して30分やってもらいました。 乗り継ぎのバンコックの空港でも、いくつかマッサージをしてくれる場所があります。今回は、「酸素吸入マッサージ」というのを初めて試してみました。これは鼻にチューブを差し込み、酸素を吸入している間に、肩や首のマッサージをしてくれるものです。確か20分で15ドルくらいでした。マッサージは気持ちよかったけど、酸素の効果の方はあんまりよく分かりませんでした。頭がスッキリしたような、しないような。 さて、成田空港ですが、どうして成田にはコロンボやバンコックのようにマッサージをしてくれる施設がないのでしょうか?特に乗り継ぎ客にとっては、長いフライトとフライトの間に疲れた身体を癒してくれるこういうサービスは有難いんです。僕が知る限り、こういう何らかのマッサージが受けられる場所が空港内にあるのは、コロンボとバンコックの他にも、シンガポール、ソウル、アムステルダム、シアトルの各空港です。成田空港にもそういうマッサージ施設があれば、繁盛すると思うのですが。もしかしたら、もう存在しているのに、僕が知らないだけかもしれません。もし、そうだったら誰か教えてください。それでは、ワシントンに帰ります。 昨日、土曜日のお昼前にワシントンに戻りました。昼食後、娘達がお昼寝している間に自分も横になったら、あっという間に眠り込んでいました。数時間後に目が覚めた時、自分はどこにいるのか、今はいつの何時なのか理解するのにしばらく時間がかかりました。スリランカのホテルで朝に目覚めたような感覚さえあったのです。先に起きていた次女の顔を見て、ああワシントンに帰ってきたんだとようやく確認できました。 最近はひと月半か2ヶ月に一度、担当している南アジア方面への長期出張が続いています。スリランカなど訪問国の国内でも、フィールドへ行ったりと移動も多いです。南アジアへの行き帰りは、ヨーロッパや日本やバンコックなど様々な経由地でホテルに宿泊します。こういう状態では時差ボケは当然ですが、それに加えて、目覚めた瞬間に自分がどこにいるのか分からないという「土地ボケ」が起こるのです。目覚めた瞬間だけではなく、どこかの国の街を歩いていても、別の国にいるような錯覚をする場合さえあります。 さらに、南アジアの多くの国は年中暑いので、困ったことに季節感覚もなくなってきます。「ああ、春が待ち遠しい」とか、「今年も夏が来たんだ」とか、そういう気持ちを感じることがなくなってきました。はっきり言って、こういう生活では、季節感はめちゃくちゃです。 時差ボケと、土地ボケと、季節ボケ。今日はまだ完全にボケていますが、何とかこのボケが慢性化しないようにしたいものです。 昨夜は時差ボケと疲労のため、娘達より早く8時頃に寝入ってしまいました。今朝の6時半まで眠ったので、さすがに今日はオフィスでも眠くなりませんでした。 時差のために睡眠パターンが狂うと、もうひとつ狂うものがあります。それは、排便パターンです。正確には、排便パターンが狂うのは、睡眠パターンの影響を受けているというよりも、おそらく食事パターンの影響の方が大きいのでしょう。という訳で、ここ数日はいつ便意をもよおすか予想不可能な状態が続いています。毎朝決まって、気持ちよく排便できるようになる日が待ち遠しいです。快眠、快食、快便が健康のバロメーターだとしたら、年がら年中地球の裏側に出張して、睡眠パターンと食事パターンと排便パターンが狂いがちなこういう仕事は、やっぱり極めて不健康だと言えるでしょう。 今日はちょっと臭い話になってしまいました。食事中の方、御免なさい。でもテレビと違って、食事をしながらインターネットを見ている人なんていないでしょうから、大丈夫ですよね。 今年の春くらいから、「こどもチャレンジ」という幼児教育のための教材を、毎月日本から取り寄せています。これは、「しまじろう」という虎の男の子が主人公の教材で、毎月いろんな付録やビデオが付いてきます。娘達の日本語の教育のためには、なかなかいい教材なんです。 何ヶ月か前にこの教材に付いてきたビデオで、「金太郎飴」が取り上げられていました。それを見て以来、我が家の娘達はすっかり「金太郎飴」のファンになってしまったのです。今回の出張中、電話で「お土産は何がほしい?」と聞くと、4歳の長女はすかさず「金太郎飴」と答えました。実は前回の出張の時も帰りに成田空港で「金太郎飴」を買ったのですが、今回もまた「金太郎飴」を買いました。 実は長女が買ってきてほしいと言ったものが、もうひとつありました。それは、「ハロー・キティ」です。以前、我が家の娘達は英語の発音が良すぎて「ハロー・キティ」が「ハラキリ」に聞こえると書きましたが、最近はアメリカでもこの「ハロー・キティ」のキャラクター商品がやたら目に付くようになってきました。でも、さすがに本場の日本にはまだまだ叶いません。日本でいくつかのデパートやお店をざっと見ただけで、実に様々な「ハロー・キティ」グッズがありました。その中から、荷物にならないようなものをいくつか選んで娘達のお土産にしました。 「金太郎」と「ハロー・キティ」。全く対照的な二つですが、日本を代表するキャラクターだと思います。 ワシントン界隈には、「International House of Pancake(訳すと国際的なパンケーキ屋さん)」というチェーン店が何軒かあります(もしかしたら全米チェーンなのかもしれません)。 このお店は略してIHOP(アイホップ)と呼ばれていますが、いつもとても混んでいます。僕が独身時代に住んでいたアパートのすぐそばにも一軒あったので、当時はよくそこで朝食をとっていました。このお店の朝の定番は、三枚重ねのパンケーキに、卵二つの目玉焼きかスクランブルエッグ、それにベーコンとポテトがついているものです。パンケーキの専門店らしく、パンケーキにかけるシロップも何種類もあります。僕は大抵は、オーソドックスなメイプル・シロップをかけていました。僕はアメリカに来てから最初の三年で8キロ太りましたが、このIHOPの朝食が原因だったのかもしれません。 さて、このパンケーキ屋さんにはひとつの特徴があります。それは、ウェイトレスさんたちが皆エチオピア人だということです。エチオピア人は、他のアフリカ人と違って顔が細長く、肌の色も黒というよりは褐色系なのですぐに分かります。特に僕は世銀に入った当初、東アフリカを担当していてエチオピアに二度行ったことがあるので、彼らの雰囲気も何となく分かるのです。だから、確かめたことはありませんが、彼らはエチオピア人だと確信しています。 でも、どうしてエチオピア人ばかり雇っているのでしょう。オーナーがエチオピア人なのでしょうか。エチオピアの主食は、「インジェラ」と呼ばれる発酵したパンケーキのような食べ物ですが、それと何か関係があるのでしょうか。独身時代から気になっていましたが、先日家族で久しぶりにIHOPに行った時も、やっぱりエチオピア人のウェイトレスばかりでした。「国際的なパンケーキ屋さん」という店の名前は、「エチオピア的」という意味なのかもしれません。 「アメリカでは喫煙者と肥満者は出世できない。自己管理能力もないのに、組織を管理できるわけがないからだ。」というのは、もう大分前から言われていることです。喫煙の方は、たばこ広告の規制やオフィスやレストランなど公共の場所での喫煙の禁止など、様々な政策面での対策が取られています。一方、肥満対策の方は政策面での後押しがなく、個人の自己管理能力に全面的に委ねられているというのが現状です。しかしながら、肥満に伴う様々な病気にかかる医療費の増大で、「肥満対策の政策が必要になっている」という記事が今日のワシントン・ポストに載っていました。 その記事によると、アメリカ人の平均体重はここ30年間増え続けているそうです。大人の実に64%が身長を基準にした標準体重を上回っており、そのうちの30%は肥満とよばれるカテゴリーに入るのだそうです。この肥満と深い関係のある病気が、糖尿病、心臓病、高血圧、腎不全などだといいます。今の状態は、健康保険料などを通して、痩せている人が太っている人の医療費の一部を肩代わりしているので、政策面での何らかの対応が必要だというのです。 それでは、肥満撲滅のためにどういう政策が考えられるのでしょうか。ワシントン・ポストに載っていたのは以下のような政策案です。 (1) 脂肪分の多い食品に課税する。 (2) 学校での甘味飲料やファーストフードの販売を禁止する。 (3) ファーストフード店のメニューにカロリー表示を義務付ける。 どれもあんまり有効だとは思えませんね。やっぱり個人の意識の問題ですよ。小さい頃からの家庭での食生活も影響が大きいかもしれません。ビッグマックにジャンボ・サイズのポテトを頬張りながら、コーラはダイエット・コークにするとか、砂糖の塊のようなケーキを食べながら、コーヒーのミルクは脂肪を抜いたスキムミルクにするとか、どうもアメリカ人は小手先の肥満対策が好きなようです。抜本的な食生活の改革をしないと、アメリカの肥満社会は変わらないでしょうね。おっと、僕も最近は太り気味なので偉そうなことは言えません。政策に頼らないで、きちんとした食事と運動でこれ以上太らないようにしたいと思います。 少し前に、「世銀は年棒制で、毎年の年棒の上昇率は勤務評定とリンクしている」と書きました。先の勤務評定を受けて、新年度の年棒が最近決まりました。僕自身の年棒は予想以上のアップ率だったので、ちょっと報われた気分です。アメリカは給料が月に2回支払われるので、今回決まった年棒を24で割った数字が、一回ごとの給料として銀行に振り込まれます。国際公務員ですので所得税は取られませんが、保険料や年金積立金などは当然天引きされます。 一年の約3分の1を家族と離れて途上国へ出張しているので、これくらいは(どれくらいなんだ?)アップしてもらわないと納得できませんよね。まあ途上国に行くのは好きなので、家族に悪いなあと思いながら楽しんでいる面はありますけど。ミスチルの歌に、「多忙な仕事あってこそ優雅な暮らし」という歌詞で始まる歌がありましたよね。優雅な暮らしはしたいけど、これ以上多忙なのは勘弁願いたいです。家族と過ごす大切な時間は、お金では買えませんから。 現職のリコール絡みで行われるカリフォルニア州知事選挙については、ワシントン・ポストでも連日トップ記事扱いです。俳優のアーノルド・シュワルツェネガーをはじめ200人近くが立候補しているそうで、何かお祭り騒ぎの様相を呈してきました。このカリフォルニア州知事選については、インターネットを見る限り日本でもかなり報道されているようなので、今回はワシントンDCのお隣、バージニア州の知事について書きます。 バージニア州の知事に関しては、全米の州知事でただひとつというユニークな特徴があります。それは、一期4年以上は務められないという規則が州の憲法で決まっていることです。より正確に言うと、再選は禁じられていますが、知事を務めた後4年間のインターバルをおけば、再び知事に立候補できます。でも、これは事実上、一期限定の知事と言っても差し支えないでしょう。 このバージニア州知事の一期だけというのは特殊な例ですが、アメリカの他の州知事ポストも、二期8年限定でそれ以上は多選禁止というところが多いです。多選の禁止を推進している「US Term Limits」という団体によると、全米50州のうち38州が知事の任期に制限を設けていて、バージニア州以外は全て二期までとなっています。多選を禁止する理由としては、権力は腐敗しやすいということの他に、選挙における現職の圧倒的有利が挙げられます。現職と新人が選挙で戦う場合、大抵の場合は政策やリーダーシップ以前に知名度などの点で現職が有利であり、そもそも公平な選挙にならないという議論です。勝ち目がなければ優秀な人材も立候補せず、新たなリーダーの出現を妨げ民主主義が停滞するというのです。 それにしても、バージニア州の一期限定というのは極端すぎます。他の州並みに二期にするために、州憲法を変えようという動きはあるようです。改憲論者の言い分は、多選の弊害は認めるけれども、4年ごとに必ず知事が変わっていたのでは、長期計画に基づいた行政が展開しにくいというものです。さらに、二期目再選を可能にして、いい仕事をした知事を再選させて、悪い知事は選挙で落とすという選択肢を有権者に与えるべきだという議論もあります。いずれにしても、アメリカでは州知事の任期制限を設けるかどうか、そして何期までにするかを、州ごとに有権者が決められる仕組みになっているようです。「政治家ではなく、市民に力を」、民主主義の原点がそこにあります。 今日はニューヨークなど東海岸の多くの都市で停電があり大混乱したようですが、ワシントンは大丈夫でした。全く平常どおりです。最近は何か起きるとすぐ「テロじゃないか」という声が出ますが、当局はテロの可能性を完全否定したようです。 今日は久しぶりにとても暑い日だったので、僕が思うに、皆がクーラーを使いすぎたために電力需要が急激に上がり、単に電力供給が追いつかなかったのではないでしょうか。何年か前にワシントンでも、夏の暑い日に電力需要が上がったために停電になり、オフィスが休みになったことがあります。まあ、今日の停電の原因は、そのうちニュースに出るでしょう。 昨日のアメリカ東海岸の大停電の後遺症で、ニューヨークなどはまだ混乱が続いているようです。いくつかの空港も影響を受けていて、今日の成田発ニューヨーク行きの全日空機は、JFK空港に着陸できずにこちらワシントンのダレス国際空港に着陸したということです。 アメリカの電力施設はかなり老朽化し、実際は途上国なみのシステムなんだという指摘があります。僕は途上国によく行きますが、そういえば、停電がらみでいろんな体験をしています。バングラデシュのホテルでは、停電のためエレベーターが止まってしまい閉じ込められたことがありました。1998年に日本が初出場したサッカーのワールド杯フランス大会も、ダッカのホテルで見ていましたが、ちょうど日本対クロアチアの試合の時にいい場面で停電し、見られなくなり悔しい思いをしたこともありました。 さて、昨日の停電に関しては、まだはっきりした原因が特定できていないようです。原因はどうであれ、アメリカという国は電力を使いすぎではないでしょうか。オフィスといいアパートといい、一般の家庭も、あらゆる建物という建物は全館対応のクーラーがガンガン効きまくっています。日本のように部屋ごとにクーラーを付けて、使っていない部屋は暑いままとか、そういうのはアメリカではまずないです。僕が住んでいたオーストラリアのブリスベンの夏は、ワシントンの夏よりもかなり暑いですが、それでもクーラーのない家は珍しくありませんでした。ブリスベンでは、建築様式の工夫により日陰を増やしたり、風通しをよくしたりという試みがなされていました。アメリカも、今回の停電をきっかけに、少しは節電ということを考えたらどうでしょうか。 毎年そうですが、8月の世銀のオフィスはとても閑散としています。大抵のスタッフが、この時期に数週間から一ヶ月くらいの夏休みを取るからです。ミーティングもほとんどなく、普段は処理に追われるEメールの数もかなり少なく、上司も夏休み中なのでプレッシャーもありません。いつもこうだとどんなにいいだろうと思いますが、まあこれは8月だけです(12月もこれに似たところがありますが)。 世銀の有給休暇は勤続年数によって異なり、勤続5年目までが年に26日、5年から10年までが28日、10年以上勤めると30日もらえます。その年に消化しなかった有給休暇は、最大75日まで翌年に持ち越せることになっています。ただし、年に最低15日は消化しなければいけない規則になっていて、消化しなくても15日分は年度の終わりに自動的に消滅します。僕は今年が世銀に来て9年目ですが、有給休暇はおそらく70日くらいは貯まっているはずです。 ということで、我が家も明日から3週間ほど夏休みに突入します。この間、このホームページも夏休みモードに入りますので、あんまり頻繁には更新できないかもしれません。まあ、たまには更新するつもりですので、よかったら時々覗いてください。 休暇で日本に帰国中です。数日振りにインターネットにアクセスしています。いろいろ書きたいことが溜まっていますが、まずはこの話題しかないでしょう。 イラクの首都バグダッドで国連の事務所が爆破され、多数の犠牲者が出ました。怒りと悲しみとやりきれない気持ちで一杯です。世銀の関係者も数名行方不明だと先ほど知りました。犠牲者のご冥福をお祈りします。 この事件に関連して、二つの対照的な記事を日本の新聞で目にしました。ひとつは、国連のアナン事務総長が、「悲劇を乗り越えて国連のイラクでの任務を遂行する」としたのに対して、もうひとつは、「予定されていたイラクへの自衛隊派遣は大幅に遅れて年明け以降になる見通し」というものです。これは何なんでしょう。武器を持たない国際機関の職員やNGOの活動家が、危険を覚悟でイラクで様々な任務に携わっているというのに、何故武器を持ち、自分を守れる可能性がはるかに大きい軍人が行かないのか。彼らこそ早く行って、治安の回復に全力をあげるべきではないのでしょうか。現在のイラク派遣法が非戦闘地域への限定だとか、そんなことは分かっています。でも、そんな日本国内の議論は世界では全く通用しませんよ。 断わっておきますが、どこかの大国の要請に基づく(あるいは正式な要請はなくとも、その大国の顔色をうかがっての)自衛隊の紛争地への派遣は個人的には反対です。国連の要請など国際的な枠組みで行くべきで、行くなら「非戦闘地」などという制約は設けずに行くべきだというのが僕の持論です。日本人だけ安全な場所を担当させてくれなんて、どういう神経をしているのか。 とにかく、イラクの治安回復のためには、このままアメリカ主導がいいのか、新たな国際的な枠組みが必要なのか、もう一度新たな議論が必要なのではないでしょうか。治安回復なくして、戦後復興も民主化もありえません。少なくとも今回の事件をきっかけに、何かを変えなければ、イラクがこのままでいいわけはないでしょう。 昨日の続報です。バグダッドの国連事務所を狙ったテロにより、世銀のイラク人スタッフ一人の死亡が確認されました。ワシントンの世銀本部も喪に服しているようです。黙祷。 世銀は現在、イラクの戦後復興のためのニーズ・アセスメントを進めていて、他の国連機関と同様に、爆破された建物にオフィスを構えていました。現在、イラクにいた世銀スタッフはヨルダンのアンマンなどに一時的に避難しているようですが、ワシントンからの報告では近くニーズ・アセスメントを再開するようです。 悲しい話題が続きましたが、気持ちを切り替えて普段の「ワシントン通信」に戻りたいと思います。 実は先日、夏期休暇を日本で過ごすためにワシントンを発った日が、次女の三歳の誕生日でした。長女は飛行機に乗った瞬間から、スチュワーデスのお姉さんたちに、「Today is my sister’s birthday(今日は妹の誕生日なの)」と言いまくっていました。ということで、全日空の優しいスチュワーデスさんたちが気を利かせてくれました。 機内での昼食後しばらくして、5人くらいのスチュワーデスさんたちが次女を取り囲み、「Happy Birthday」を歌ってくれたのです。次女のために特別に小さなケーキまで用意してくれました。バースデイ・カードもくれて、それには以下のように書かれていました。 LILINちゃん、3さいのおたんじょうび おめでとう!! おねえちゃんとなかよく、たくさんたべて、たくさんあそんで、げんきにおおきくそだってね。 (おおきいおねえさんたちより) LILINというのは次女の名前です。漢字では「梨鈴」と書き、「りりん」と読みます。それはさておき、僕も一度でいいから、「おおきいおねえさんたち」にあんなに何人にも囲まれて、何か祝福されてみたいものです。次女に対して、多少のジェラシーを感じてしまいました。 昨日、うちの次女の名前は「LILIN」だと書きました。この名前は、「LILIN」→「りりん」→「梨鈴」という風に、英語名を先に考えて、後から平仮名と漢字を当てはめたものです。彼女はアメリカで生まれたので、アメリカと日本の両方のパスポートを持っていますが、アメリカのパスポートの方には、当然「LILIN KEICHO」という名前がついています。しかしながら、ワシントンの日本大使館に日本のパスポートを申請した時、次女のこの名前のために少し問題が起こりました。それは、日本のパスポートの氏名は、「ヘボン式ローマ字」で記載しなければいけないという変な規則があるからです。 「りりん」という名前をそのヘボン式ローマ字にすると、「RIRIN」となります。これでは、実際の名前である「LILIN」と異なります。何よりも、同一人物でありながら、本人が持っているアメリカのパスポートと日本のパスポートでは名前の記述が異なるというおかしな現象が起きてしまいます。この点を指摘して、日本のパスポートにも「LILIN」と記載してもらえるように大使館の外務省職員と交渉しましたが、「ヘボン式ローマ字という規則は変えられない」ということでした。しかしながら、例外的に括弧書きで英語名の「LILIN」も併記できるということだったので、仕方がないのでその例外を使ってもらうことで納得しました。従って、次女が持っている日本のパスポートの氏名は、「RIRIN KEICHO(LILIN KEICHO)」となっています。 何故、パスポートはヘボン式ローマ字でなければいけないのでしょうか。そんなに限定的になる理由は、外務省の事務処理上の都合以外にはほとんどないでしょう。考えようによっては、外国からの移民や国際的な人の移動に対応できていない時代遅れの規則と言えるかもしれません。だって、もし仮にクリントン前大統領が日本に帰化し日本のパスポートを持つことになったら、彼の名前は「Bill Clinton」ではなく「Biru Kurinton」と記載しなければいけません。こんなの、本人だって自分の名前だなんて分からないでしょう。 そういえば、マイナー落ちしてからめっきりテレビで見なくなった新庄選手も、メジャーで活躍していた時のユニフォームの背番号の上には、「SHINJO」というヘボン式ローマ字の名前がついていました。僕の記憶が正しければ、阪神時代の彼の背中には「SHINJYO」と書いてあったような気がします。それでは、なぜメジャー・リーグに来て「SHINJYO」が「SHINJO」に変わったのか。僕は、これもパスポートの記述に合わせたのではないかと思っています。 前回は次女のパスポートについて書きましたが、今回は自分のパスポートについて書こうと思います。ワシントンを離れて海外へ行く時は、僕は常に三つのパスポートを携行しています。ひとつは、当然ながら日本のパスポート。もうひとつは、数年前に失効した古い日本のパスポート。こっちの古いパスポートにアメリカのビザが付いているので、このビザを更新する来年までは、常にこの古いパスポートも持ち歩かなければなりません。そして三つ目が、国連職員のための「レセパセ」と呼ばれる水色のパスポートです。 このレセパセを持っていると、国によってはビザなしで入国できたりします。でも以前訪れたケニアでは、国連のレセパセより日本のパスポートの方が強くて、レセパセだけではビザが必要ですが、日本のパスポートがあれば(レセパセがなくても)ビザは必要ないということでした。入国審査に関しては、レセパセを持っている国際公務員といえども一般の観光客と同様の扱いで、当然ですが混んでいれば長い列に並ばなければなりません。そういう意味では、大抵の空港に専用レーンがある外交官に比べたら、はるかに特権は少ないです。 入国審査の際はほとんどウマミのないレセパセですが、入国時の税関や出国時の荷物検査などでは結構威力を発揮してくれます。パキスタンのイスラマバード空港やスリランカのコロンボ空港では、一般の旅行者はスーツケースまで開けられて荷物を検査されることが多いんです。でも、僕の場合はそれを横目に、レセパセを提示して大抵は荷物検査なしで通過させてもらえます。成田空港の税関でも、レセパセを見せるとほとんどフリーパスで、今までスーツケースを開けられたことはありません。身分証明にもなるし、やっぱりレセパセはないよりはあった方がいいですね。 成田空港からです。ワシントンに戻る前に、これからちょっくらブリスベンまで行って来ます。久し振りのブリスベンで「国際リバー・シンポジウム」に参加するためです。 故郷の八戸に滞在中は、雨ばかり降っていました。ここ数年、毎年8月に里帰りをしていますが、いつも雨がちで肌寒い日ばかりです。今年も梅雨が明けずに、夏が来ないうちに秋になるという典型的な八戸の8月でした。道端には、梅雨の時期に咲くはずの紫陽花と夏に咲く向日葵が一緒に咲いていました。夏の陽射しがなかったせいか、向日葵の方は妙にひょろひょろと痩せこけていました。来年からは、帰省の時期を考え直そうと思います。8月にはもう帰省したくないですね。 今回は事情により、講演等の依頼を全てお断りし、故郷に滞在中もあまり人に会う機会を持てませんでした。不義理をした方々、申し訳ありませんでしたが、またの機会にお目にかかりたいと思います。 ( http://www.keicho.com ) |