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WASHINGTON 通信(December 2003)



クリスマス・ツリーと呼ばれるプロジェクト (2003/12/01)


 早いもので2003年も師走に入りました。暦は、もう少しで今年も終わりですね。

 さて昨日の日曜日、娘達とクリスマス・ツリーの飾り付けをしました。今年の我が家のクリスマス・ツリーには、実に様々な飾りがつけられました。どんな物が飾られたかというと、セサミ・ストリートに出てくる「ゾエ」の人形、「ハロー・キティー」のキーホルダー、「おかあさんといっしょ」に出てくるチョコランタンのキャラクター人形などなどです。最後に僕が、ツリーの一番上の枝に小さなコアラのぬいぐるみをしがみつかせました。

 実は開発援助の世界でも、「クリスマス・ツリー」と呼ばれるプロジェクトがあります。これは、丁度我が家のクリスマス・ツリーのように、何でもかんでも詰め込んだプロジェクトのことです。都市開発プロジェクトで例を挙げると、ある街の上下水道の整備、ゴミの収集処理、道路建設、住宅地開発、文化財の保護、河川堤防など全てをいっぺんにひとつのプロジェクトで達成しようとする複雑なプロジェクトのことを、「クリスマス・ツリー」と呼ぶのです。

 こういうプロジェクトは、プロジェクトを担当する途上国側の実施機関の数が多くなりがちで、しばしば各機関の調整に問題が生じてしまいます。また、こういう複雑なプロジェクトは、そもそもプロジェクトのデザイン自体が、途上国側がスケジュール通りに実施する能力を超えてしまう危険性を孕んでいるのです。従ってこういうプロジェクトはうまく行かないケースが多く、「クリスマス・ツリー」とは仕事上ネガティブな意味で使われる場合がほとんどです。複雑な問題に対して、プライオリティを見極めながら如何にシンプルな解決策を講じるか。そのあたりがこの仕事の難しさであり、面白さでもあります。



複数のガチョウと複数のマングース (2003/12/03)


 最近、妻が英語に凝っています。アメリカに住んで10年近くにもなるのに何を今更という気もしますが、「Grammatically Correct(文法的に正しい)」などという本を購入して、寝る前に勉強しているんです。それというのも、妻の同僚のイギリス人が「世銀にはアメリカ英語に代表される変な英語が横行している」とボヤいていたらしく、妻は「それでは正統派イギリス英語とはどういうものなのか」と興味を持ったらしいのです。そのイギリス人に言わせると、アメリカ英語の中には文法的に正しくない表現が定着してしまった例がいくつもあるようです。結局アメリカ人は、「Grammatically Correct」よりも「Politically Correct」な英語に執心しているのでしょう。

 さて、その正統派英語を勉強している妻が、時々僕に「この表現の文法的な間違いはどこでしょう?」というようなクイズを出してきます。アメリカ英語にかなり浸かっている僕には、このクイズが結構難しいのです。いつも不正解ばかりで悔しいので、こっちもクイズで対抗しました。

「goose(ガチョウ)」の複数形は「geese」です。では「mongoose(ハブの天敵マングース)」の複数形は何でしょう?

 答えは「mongeese」ではなくて、「mongooses」です。う〜ん、やっぱり英語は難しいですね。



ワシントンにいないワシントン市長 (2003/12/04)


 数日前のワシントン・ポストによると、ワシントンDCのウィリアムズ市長は、今年出張や休暇などで81日間ワシントンを空けていたそうです。「市長がこんなにも自分の職場にいないのはけしからん」と、一部では批判の声が起こっているそうです。ウィリアムズ市長が今年訪れた先は、外国だったりアメリカ国内だったり様々です。外国へはベルギーのブリュッセルで商談があったり、パリやローマで視察をしたり、プエル・トリコで休暇をとっていたりしたそうです。国内ではハワイやアラスカやニューヨークやデンバーなどでミーティングや講演などをしたそうです。

 まあ、市長といえばその都市の顔だし最大のセールスマンなので、これくらいの外遊は必要な気もしますけど。自分の街の市長が他都市から全然講演やコンファレンスに呼ばれないっていうのも、市長の資質に問題があるんではないかと勘繰りたくなります。まあ、出張と日々の業務のバランスが大事なことは言うまでもありませんが。あなたの街の市長さんは、今年どのくらい出張しましたか?

 さて僕はと言えば、今年も結構出張が多かったです。休暇も合わせたら、120日から130日くらいはワシントンにいなかったと思います。ウィリアムズ市長の比ではないですね。実はこれから今年最後の出張で、ちょっくらスリランカまで行ってきます。これで、今年は合計150日くらいワシントンを空けていたことになりそうです。では、行ってきます。



真冬のワシントンに戻りました。 (2003/12/22)


 スリランカのコロンボからバンコックと成田を経由して、きのう真冬のワシントンに戻りました。やはり寒いです。暖かいコロンボが恋しいです。

 途中立ち寄った成田では、入国審査、出国審査とも長い行列に並ばなければなりませんでした。入国審査の列に30分、出国審査の列に30分で、合計1時間を無駄に過ごしました。土曜日の夜に成田に着き、その晩は成田空港のそばにあるホテルに泊まり、日曜日の朝にワシントンに向けて出国したので、日本にいたのはせいぜい12時間くらいです。その12時間のうちの貴重な1時間を空港の列に並んで過ごすとは、何とも馬鹿らしいとしか言いようがありません。あの空港の混雑は、なんとかならないものでしょうか。いつも成田に立ち寄る度に、腹が立ちます。

 その成田での入国審査で並んでいた僕の隣の列に、テレビでお馴染みの山本晋也監督が並んでいました。僕が乗っていたタイ航空が着いたその時間帯に、丁度いくつかの飛行機が到着したらしく、彼がどこから帰って来たのかは分かりません。その山本監督は、マスコミ関係者らしい二人の若者を従えていましたが、列に並んでいる間、その二人に向ってペチャクチャ、ペチャクチャとひとりで何やら楽しそうに喋りまくっていました。私生活でもとてもお喋りなんですね。



世界の国旗が彩るクリスマス・ツリー (2003/12/24)


 今日はクリスマス・イブ。ワシントンは昨夜から雨が降っていますが、気温が比較的高いので雪にはなりそうもありません。

 さて、出張から帰ってきて発見したのですが、僕が勤める世銀本部ビルのロビーに、高さ4〜5メートルほどの大きなクリスマス・ツリーが設置されていました。そのツリーに飾られているのは、世界各国の小さな国旗です。様々な色の国旗が、ツリーの濃い緑に映えてとても綺麗です。今年もいろんな所でいろんなクリスマス・ツリーを見ましたが、このツリーが一番気に入りました。

 このツリーのように、世界の国々が独自のカラーを出しながら調和を保ち、素晴らしい世界を作り出す。そんな時代が訪れるのは、いつのことでしょうか。来年は、そういう世界に少しでも近づくことを願っています。

 それでは皆さん、どうか素敵なクリスマスをお過ごしください。メリー・クリスマス!



クリスマスに丸太のケーキ (2003/12/25)


 ワシントンはとても寒いクリスマスでした。昨日の雨は気温が下がる前に止んでしまったので、残念ながらホワイト・クリスマスにはなりませんでした。アメリカのクリスマス当日は、どこもひっそりしています。お店やスーパー・マーケットもレストランも、ほとんど全てが閉まっています。この日は、こういうサービス業に従事している人たちも、家族と過ごす一日なのです。

丸太の形をしたブッシュ・ド・ノエル 我が家も、家族水入らずのクリスマスでした。朝、起きるなり娘達が「サンタさんからのプレゼント」を開けて、望みどおりのお人形が入っていたので大喜びでした。それから、昨日ベトナム人が経営している美味しいパン屋さんで買ってきたクリスマス・ケーキを食べました。今年のクリスマス・ケーキは、「ブッシュ・ド・ノエル」という丸太の形をしたケーキでした。もともとフランスのケーキだそうですが、フランスではクリスマス・イブに丸太を燃やす習慣があったので、こういう丸太に似せたケーキを食べるようになったということです。僕はあんまり甘いものは得意ではありませんが、この「ブッシュ・ド・ノエル」はコーヒー風味のクリームが甘すぎず、とても美味しかったです。まだ少し残っているので、明日も食べたいです。今日は、その「ブッシュ・ド・ノエル」を紹介するために、「ワシントン通信」では初めての写真つきでお送りしました。



イランとカリフォルニアとワシントンDCの地震 (2003/12/27)


 英語には、「I couldn’t agree more」という表現があります。これは一種の仮定法過去の用法で、直訳すると「これ以上同意できることはありえない」となります。これだとちょっと分かりにくいかもしれませんが、要するに「心の底から同意する」という意味なのです。

 どうしてこんなことを書いているかというと、昨晩ネット・サーフィンをしていたら、あるサイトを見て思わず「I couldn’t agree more」と言いそうになってしまったからなのです。僕が「心底、同意する」と感じたのは、「自衛隊はイラクではなくイランに直行せよ」と書いた、僕の故郷で小児科医をしている久芳(くば)先生のサイトでした。本当にそうだよな。

 死者が5千人から2万人と言われているイラン南部の大地震の数日前には、カリフォルニアでも大きな地震があり何人かが亡くなりました。イランの地震はマグニチュード6.7で、カリフォルニアの地震はマグニチュード6.5ですから、揺れの強さ自体はそれほど変わらないはずです。それなのに、この犠牲者の数の違いに愕然としてしまいます。

 地震の話題のついでに書きますが、実は最近ワシントンDCでも地震があったそうです。北米大陸の東海岸は地震が起きないと思っていましたが、起きたそうです。少なくとも、僕がワシントンDCに来た1994年以来では初めての地震のはずです。その地震があったのは、今月12月9日の夕方4時過ぎです。震源はワシントンDCの西120マイルくらいの地点(バージニア州)でした。マグニチュードは4.5で、ワシントンの中心部でも揺れを感じたそうです。僕はスリランカに出張していたのでこの地震を体験していませんが、ワシントンにいた妻はこの地震について「全く知らなかった」と言います。妻が気づかない程ですから、この珍しいワシントンでの地震の被害は全く無かったことは言うまでもありません。



ホルスタインではなくアンガス (2003/12/29)


 ご存知のように、西海岸のワシントン州で狂牛病の牛が発見されました。牛肉はアメリカ人の主食とも言えるハンバーガーやステーキの材料でもあり、消費者の不安がこういった外食産業に影響を与えるのは避けられないでしょうね。

 ワシントンDCとワシントン州はアメリカ大陸の東と西でかなり離れていますが、ここワシントンDCのスーパー・マーケットやレストランなどでも、消費者の不安をいかに解消するかに神経を使っているそうです。最近のワシントン・ポストの記事によると、ワシントンDCなど東海岸で流通している牛肉は、「アンガス」という種類の牛の肉だそうです。ワシントン州で狂牛病になったのは「ホルスタイン」という種の牛ですから、そもそも種類が違うのだそうです。「ホルスタイン」は元々乳牛ですが、健康志向が強い西海岸では、脂肪分が少ないということでこの「ホルスタイン」の肉を食べるのだそうです。

 その記事でインタビューされていた「業者」の代表は、「アンガスは安全だから、ワシントンDCの牛肉は安全だ」という主旨のことを言っていました。でも、「アンガス」の方が「ホルスタイン」より安全だと言い切れるのかどうか、現時点では分からないと思います。たまたま発見された狂牛病の牛が「ホルスタイン」だっただけで、その感染経路や感染原因が特定できなければ、「アンガス」に狂牛病の牛はいないと断定はできませんよね。もし、感染原因が飼料にあるとしたら、同じ飼料を食べた牛はどこにいるのか。発病していないだけで、案外、東海岸の方にも来ていたりして。そう考えると、当分牛肉は食べたくないですね。



日米関係の150年 (2003/12/30)


 先週のワシントン・ポストに、日本政府の「変な」一面広告が載りました。「日米関係の150年、友人同士の対話」と題されたその広告は、日本の加藤駐米大使とアメリカのベーカー駐日大使の大きな写真とともに、その二人が対話形式で今日の日米の友好関係を語っているものでした。今年2003年は、ペリーが黒船で日本に来航して以来、丁度150年目なのだそうです。だから、「日米関係の150年」という訳です。

 僕が「変な」広告と言ったのは、この広告を読んでも、何のための広告なのか意図が全く読み取れなかったからです。両大使の対話は、今日の強固な日米関係を褒め称えているだけです。今日の日米関係が史上最強だ、とさえ述べています。現実は、果たしてそうでしょうか。日本のリーダーは相変わらずのアメリカ追随で、史上最強の日米関係とは、史上最強の従属関係のことかとさえ勘繰りたくなります。相手の聞きたくないことでも敢えて提言するのが、真の友人同士でしょう。

 先日、米日財団主催の「日米リーダーシップ・プログラム」参加者の昼食会に出席したところ、「小泉とブッシュの関係がどうあれ、国民レベルの日米関係はイラク問題などを巡って悪くなっているのではないか」と、財団の理事長で日米関係の専門家でもあるジョージ・パッカード氏が述べていました。僕は広告の中の両大使より、パッカード氏の見方の方が的を射ていると思います。逆に言えば、日本政府のあの取ってつけたような内容の一面広告は、そういった危機感の表れなのかもしれません。

 それにしても、あの広告には納得がいきません。ワシントン・ポストに一面広告を出すには、確か100万円以上かかるはずです。アメリカ人向けの政府広報を一紙だけに出すとは考えにくいので、あの広告は少なくともアメリカの主要各紙に掲載されたことでしょう。そうなると、少なくとも数百万円の日本国民の税金があの広告に使われています。将来の日米関係のためなら、もっといいお金の使い道があるのではないでしょうか。



2003年の締めくくり (2003/12/31)


 日本はもう2004年に突入したでしょうが、こちらワシントンはこれを書いている時点ではまだ大晦日です。今年2003年も実にアッという間でした。以前何かで読みましたが、「年齢が増すにつれて一年の長さはどんどん短く感じる」のだそうです。全くその通りで、子供の頃は一年という時間がとても長く感じましたが、最近は毎年すぐ年の瀬になってしまいます。

 さて、そんな短かった2003年を少し振り返ってみます。今年も出張で5度ほど南アジアに行きました。3月には初めてヒマラヤの秘境ブータンを訪れ、ユニークな文化と素朴で温かい人々に魅了されました。その帰りに京都で開催された「世界水フォーラム」に参加しましたが、そのフォーラム開催中にイラク戦争が勃発しました。4月には家族でバミューダ島に旅行し、5月、7月、12月とスリランカに出張しました。8月には日本で夏休みを取り、その際中に祖母の葬儀に出席できました。その後、かつて住んだ豪州ブリスベンまで足を伸ばし、懐かしい景色と人々に再会しました。10月には二度目のブータン訪問でノミに刺されまくりました。ちなみに、こういった旅先からの更新も含めて、今年の「ワシントン通信」は全部で219回(更新率6割)、そして、2003年に食べた機内食は合計61回にのぼりました。

 今年の7月1日からは独自ドメイン「慶長ドット・コム」を取得し、2001年から無料レンタル・サーバーで続けてきたウェブサイトをリニューアルして再出発しました。リニューアル以降、お陰様でアクセス数も伸びて、フロント・ページへのアクセス数は7月からの半年間で一日平均116ヒットを記録しました。旧サイトの2年間のアクセス数の一日平均が62ヒットだったので、ほぼ倍増したことになります。

 この間、特に国際機関を目指す若い人々からゲストブックへの書き込みやEメールでの質問を実に沢山いただきました。「将来は世界のために働きたい」という多くの若者たちに、僕もとても勇気づけられました。その熱い気持ちを、是非持ち続けてほしいものです。月並みですが、日本の若者も捨てたもんじゃない。そんな思いを強くした2003年でした。皆さん今年も本当にありがとうございました。また来年もどうかよろしくお願いします。



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