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WASHINGTON 通信(January 2004)



e年賀状は、いい年賀状 (2004/01/02)


 あけましておめでとうございます。2004年第一回目の「ワシントン通信」です。本年も宜しくお願いします。きのうの元旦は、いつもより少し遅く7時前に目が覚めました。カーテンを開けてアパートの窓から外を眺めると、東の地平線にちょうど初日の出が上がるところでした。「こいつは春から縁起がいいわい」ということで、初日の出に両手を合わせ、家族の健康と世界の平和を願いました。

 例年ですと、元旦の前に、我が家に日本から何枚かの年賀状が届きます。日本だと年賀状を12月に配達するなんていうのは考えられませんが、アメリカの郵便屋さんは日本の年賀状なんて知らないのです。当然の結果として、彼らは元旦を待って年賀状を配達するなどということはせずに、アメリカに届き次第配達するのです。ですから、日本で早めに投函された年賀状が、必ず12月中に何枚か来ていました。「例年ですと」と書きましたが、今回の年末は、そういった年賀状がゼロだったのです。

 その代わり今回たくさん届いたのは、Eメールによる電子クリスマス・カードや電子年賀状でした。いろいろなデザインで、動画あり、音声ありで実に楽しめました。お年玉つきの官製年賀はがきを止めて、Eメールで年賀状を送る人がかなり増えているのではないかと思いました。電子カードや「e年賀状」を送ってくれた方々、どうも有難うございました。



殺人都市ワシントン (2004/01/04)


 新年早々物騒な話題で恐縮ですが、2003年の犯罪統計によると、全米の人口50万人以上の都市で、人口に対する殺人の比率が一番多かったのはワシントンDCだそうです。それによると、去年一年間でワシントンでは248人が殺されていて、人口一万人あたりの殺人数は4.32人で全米トップです。同じ数字を比べると、ニ位はデトロイトで4.24、三位がボルチモアで4.04です。ワシントンDCのこの数字(人口一万人あたりの殺人数)は、ロサンジェルスの三倍以上、ニューヨークの六倍以上です。ワシントンDCは、去年ばかりではなく、過去5年間ずうっとワースト一位か二位のどちらかだそうです。

 1994年にワシントンDCに赴任する前、僕は故郷の八戸に住んでいたミッシェルさんというアメリカ人にかなり脅かされていました。彼女はよくワシントンDCのことを「Murder Capital(殺人の都)」と呼んでいたのです。だから赴任当初は、夜道を歩いたり、地下鉄に乗ったりすることがとても怖かったのを覚えています。

 しかしながら、犯罪統計の数字がどうであれ、1994年から今まで、僕はワシントンで身の危険を感じたことは一度もありません。よく言われることは、「ワシントンの犯罪は、ごく限られた一部の地域で起こっている」ということです。その地域に近づきさえしなければ、大体は安全なのです。具体的には、ワシントンの中央駅「ユニオン・ステーション」より東へは行くなと言われています。僕も、そちらの地域へは今まで車で何度か通り過ぎたことがあるくらいで、ほとんど近寄ったことがありません。犯罪多発地域を避けることにより、ある意味で防ぎようのある殺人よりは、いつどこで起こるか分からないテロの方が、今ははるかに怖いです。



日本の雪ダルマとアメリカの雪ダルマ (2004/01/05)


 日本の雪ダルマとアメリカの雪ダルマは微妙に違います。日本の雪ダルマは大抵が大小二つの雪玉を重ねた二段重ねですが、アメリカの雪ダルマはほとんどが「だんご三兄弟」のような三段重ねです。だから、ずんぐりした日本の雪ダルマと違って、アメリカの雪ダルマはかなり長身です。これは、日本人とアメリカ人の体型をそのまま反映しているようで、面白いと思いませんか。

アメリカの雪だるま日本の雪だるま そもそも、どうして両国の雪ダルマにこうした違いがあるのでしょう。僕が思うに、その答えはそれぞれの母国語での呼び方にヒントがあるような気がします。日本語では「雪ダルマ」ですが、英語では「snowman」です。ですから、日本の雪ダルマは文字通り「雪で作ったダルマ」ですが、アメリカの雪ダルマは「雪で作ったman(人)」なのです。ダルマには手足が無いから頭と胴体だけの二段重ねですが、人には頭と胴体と足があります。おそらく、アメリカの三段重ねの雪ダルマは、より人間に近づくように、頭(上)と胴体(中)と足(下)を表現しようとしたものではないかと思うのです。間違っていたら、ごめんなさい。



入国審査に指紋採取と写真撮影を導入 (2004/01/06)


 昨日1月5日より、アメリカの空港での入国時に、外国人には指紋採取と写真撮影が実施されるようになりました。これもテロ対策の一環です。ただし、この指紋採取と写真撮影を免除される外国人もいます。免除されるのは、「ビザ免除プログラム」を利用して、観光などの目的で短期滞在する日本やオーストラリアなど28カ国のパスポートを所有している旅行者です。また、国籍に関係なく、14歳未満の子供と80歳以上の老人も免除されるそうです。さらに、「G4ビザ」という国際公務員のためのビザを持っている僕たちも免除されます。ラッキー。

 このように免除される旅行者がいる一方で、免除の対象にならない国々では、このアメリカの新たな措置に対して批判が起きているといいます。ブラジルでは、これを一部の外国人に対する差別だとし、対抗措置としてブラジルに入国するアメリカ人に対して指紋採取を始めたそうです。ブラジル政府もなかなかやるもんですね。

 ともあれ、この新たなテロ対策がテロリストの入国阻止に役立つことを願っています。でも、オサマ・ビン・ラデンが80歳になってからアメリカにやって来たらどうなるんでしょうか。やっぱり、指紋採取と写真撮影は免除になるんでしょうか。



ワシントンに寒波襲来 (2004/01/07)


 年が明けてからワシントンは比較的暖かい日が続いていましたが、昨日から一気に寒くなりました。今日も一段と冷え込んで、気温は一日中氷点下でした。最高気温が氷点下2〜3度で、最低気温が氷点下10度くらいです。北風が吹き荒れていたので、体感気温はこれよりかなり低かったはずです。週間予報によれば、少なくとも向こう一週間はこのような寒さが続くそうです。こう寒くては、仕事に行くために外出するだけでストレスになります。春よ来い。早く来い。



アメリカ人の新年の決意 (2004/01/09)


 日本ではよく「新年の抱負」と言いますが、これに相当する英語は「New Year’s Resolution」だと思います。でも「Resolution」は「抱負」と言うよりも、もう少しコミットメントの強い「決意」と訳した方がいいかもしれません。さて、アメリカ人は新年にどんな決意をするのでしょうか。娘達の学校のニューズ・レターに、ここ数年のアメリカ人の「新年の決意トップ9」が載っていたので、ちょっと以下に紹介します。

1. 家族と過ごす時間を増やす。
2. もっと運動をする。
3. 痩せる。
4. タバコをやめる。
5. 人生をエンジョイする。
6. 飲酒をやめる。
7. 借金を返す。
8. 何か新しいことを習う。
9. ボランティアをする。

 どうですか。第一位と第五位あたりは、忙しいアメリカ人を特徴づけているような気もします。第二位と第三位は、ほとんど同じ意味に思えますね。おそらくこの二つを合計したら、これがトップなんでしょう。

 ちなみに、僕も今年は痩せる覚悟です。妻に言ったら、「結婚してから、毎年同じ事を言っている」とあきれられました。僕はワシントンに来てから最初の三年で8キロほど太りました。その後は、高値安定を続けています。学生時代に鍛えた身体は、筋肉が全て脂肪と化してしまいました。脳味噌まで脂肪にならないうちに、何とか痩せようとは思っているのですが...。でも、あんまりコミットメントがないので、僕の場合は「新年の決意」とは呼ばずに、「新年の抱負」にとどめておきます。



ワシントンはアラスカより寒い。 (2004/01/11)


 お寒うございます。ワシントンは本当に寒い日が続いています。昨日の最高気温は零下4℃で、最低気温は零下8℃でした。新聞の天気情報によると、アラスカのアンカレッジの昨日は、最高気温が零下1℃で最低気温は零下6℃ですから、昨日のワシントンはアラスカより寒かったということになります。早くこの寒波が過ぎ去ってくれればいいのですが。



エノラ・ゲイ (2004/01/12)


 「エノラ・ゲイ」をご存知でしょうか。広島にあの原爆を投下した戦闘機の名前です。その「エノラ・ゲイ」が、最近ワシントンDCの郊外にオープンしたスミソニアン航空宇宙博物館の新館に展示されたそうです。確か「エノラ・ゲイ」の機体の一部は、ワシントンのモール内にある旧館にも以前から展示されていたはずです。

 先月中旬の新館オープンに際して、日本の原爆被災者も含めた人々の抗議活動があったそうです。その抗議の多くは「展示」そのものに対してではなく、「展示ラベルの説明が不十分だった」ことに向けられました。その「エノラ・ゲイ」の展示ラベルには、「世界最初の原爆を広島に投下した飛行機」としか書かれていないということなのです。

 この件に関してワシントン・ポストは年末の社説で、「この説明は不十分だ」という論陣を張りました。さらに同紙は、「広島に落とされた原爆は8万人の命を奪い、それまでに軍人と民間人あわせて数百万の犠牲者を出した第二次大戦の終結をもたらした」という説明を加えるべきだと書きました。このように、アメリカには「原爆が第二次大戦を終わらせた」という見方が根強くあるようです。でも、それが事実なのかどうかは分かりませんから、ワシントン・ポストの提案するこの説明文も賛否の分かれるところでしょう。

 所詮はアメリカの博物館なので、この「エノラ・ゲイ」を含めた戦闘機の展示ラベルの説明が、アメリカの国益に沿った(あるいは、国益に反しない)ものになるのは仕方の無いところかもしれません。でも、世界中から多くの人々が訪れるスミソニアンの博物館なんていうのは、教育の部分で影響力がとても大きいんですよね。だから「エノラ・ゲイ」などの説明文に、一国あるいは一部の人々の視点のみが反映されてしまうというのは、やっぱりとても不幸なことだと思います。



ヒューストンのロケット (2004/01/13)


 引退を表明していたヤンキースのロジャー・クレメンス投手が、ヒューストン・アストロズと電撃契約しました。ヒューストンはクレメンス投手の故郷だそうで、引退前に故郷でもうひと花咲かせようということらしいです。自分の息子達からの去年のクリスマス・プレゼントにアストロズの帽子が入っていたそうで、そのことが引退を思いとどまらせるヒントになったということです。彼は現在41歳ですが、ファンとしては彼のピッチングをもう一年見られるかと思うと、楽しみですね。アストロズはナショナル・リーグですから、今年メジャー10年目を迎える野茂との投げ合いも見られるでしょう。インターリーグ戦では、去年のチーム・メートだった松井とクレメンスの対決もあるかもしれません。

 そういえば、クレメンス投手のニックネームは「ロケット」です。これはおそらく、彼の投げるロケットのような剛速球にちなんだものだと思います。ご存知のように、ヒューストンにはNASAの宇宙センターもあり、まして球団名が「アストロズ」です。正に「ロケット」の活躍に相応しい場所と言えるでしょう。



アメリカに家を買う。 (2004/01/15)


 あと何年ワシントンにいるのかは分かりませんが、ワシントン近郊に家を買いました。今までの人生で一番高い買い物をしたことになります。

 今まで、ずうっとアパート暮らしで毎月高い家賃を払わされていました。住宅ローンを借りても、月々の返済が今の家賃と同じくらいなのであれば、財産が残る分、当然、家を買った方がいいのでしょう。でも、今までなかなかいい物件にめぐり合えなかったのです。でも、やっと見つけました。というよりも、長女が見つけたのです。車で走っている時に、彼女が見つけた家なのです。でかしたぞ。

窓から見えるワシントンの夜景 でも、長年住んだ地下鉄沿いのこのアパートを去るのも、結構寂しい気がします。思えば、僕の家族の構築がこのアパートから始まったのです。結婚してからすぐこのアパートに移り、最初は15階に住んでいました。次女が産まれてからは、同じアパートで9階の広めの部屋に移りました。合計すると、ここには6年くらい住んだことになります。娘達とアパートのプールやロビーで遊んだりという思い出も多いです。

 それから、このアパートから見えるワシントン市街の景色や夜景も最高でした。毎年7月4日の独立記念日には、ワシントンのモール上空にあがる花火が窓から綺麗に見えたものです。思い出深いこのアパートを忘れないよう、ここの窓から見える夜景を瞳に焼き付けておこうと思います。娘たちが大きくなっても、このアパートのことを覚えていてほしいです。

 という訳で、明日は引越しです。新居に入っても当分は落ち着かないかもしれません。落ち着いたら、アメリカで家を買うプロセスについて学んだことを、忘れないうちに何回かに分けてここに書き留めておこうと思っています。



ガリバーによるお引越し (2004/01/18)


 おととい新居に引越しをしました。まだ家中に大小のダンボール箱がたくさん積まれています。今回の引越しを頼んだのは、「Gulliver’s Movers(ガリバーの引越し屋さん)」という運送業者です。以前にも同じ業者を使ったことがあり、名前の通り小人の国に紛れ込んだガリバーさながらの大男たちがいい仕事をしてくれたので、今回もここにしました。おとといは、朝の8時半ころに4人のガリバーたちが前のアパートにやって来て、荷物の積み出しを始めました。そして、午後3時前には全ての荷物が新居に搬入されました。

 今回のガリバーたちの仕事ぶりもまずまずだったと思います。でも、大きいソファー・ベッドを運び入れる際に、ドア枠にぶつかって引っかき傷をつけられてしまいました。引越し終了後の清算の際にこれをクレームすると、きのう早速もうひとりのガリバーが直しに来てくれました。当然ながら無料。こういうアフター・サービスは有難いですね。

 でもちょっと気になったことがあります。まあ、室内でも靴を履いて生活するアメリカですから当然と言えば当然ですが、ガリバーたちが土足で新居の中に荷物を運び入れていたのです。そのため、特に一階の部屋は少し土ボコリが溜まってしまいました。重い荷物を少しでも早く降ろしたいと思っている彼らに、「靴を脱いで」なんてそんな面倒くさいことは言えないですよね。日本の引越し屋さんは、荷物を運び入れる際、わざわざ玄関で靴を脱ぐのだろうか。そんなことが気になってしまいました。



炊飯器盗難事件 (2004/01/21)


 引越しのドサクサで炊飯器を盗まれてしまいました。あの炊飯器は傷を負ってまで手に入れた思い出の一品で、アメリカで販売している中では最高級の炊飯器でした(この炊飯器を手に入れた経緯については、2001年8月の「ブリスベン通信」から、2001年8月16日付け「最高級IH炊飯器」をご覧下さい)。

 という訳で、ここ数日はキャンプのように鍋で炊いた御飯を食べていましたが、今日ようやく新しい炊飯器を買いました。今までは松下電器のIH炊飯器でしたが、今度の炊飯器は象印の「マイコン・ファジー」というやつです。さっそく今日からこれで炊いたカリフォルニア米を食べます。ちなみにこのマイコン・ファジーの使用説明書は、英語、日本語、中国語、ハングル語の四ヶ国語で書かれていました。



シワくちゃの無料コーヒー券 (2004/01/22)


 おとといのスターバックスでの出来事です。いつものように昼食後のコーヒーを飲もうと、「トール・スキム・ラッテ」を注文して受け取りカウンターで待っていました。ところが待てども待てども「トール・スキム・ラッテ」は出てきません。僕より後から注文した人が次々にそれぞれのコーヒーを受け取って行きます。10数分くらい待ったでしょうか、ついに堪忍袋の緒が切れたのです。

 僕は、受け取りカウンターの横でせっせと他の客のコーヒーを作るお姉さんに、「俺のラッテ忘れてるでしょ」と告げました。お姉さんは「何を注文しましたか」と聞くので、僕はムッとして「トール・スキム・ラッテ」と答えました。するとそのお姉さんは、プイと横を向いて無言で僕のラッテを作り始めました。この態度にキレてしまった僕は、「You’d better first apologize.(まず、謝ったらどうですか)」とトゲのある言葉を一発をかましました。それでも、そのお姉さんがグダグダと言い訳を述べていたので、僕はさらに「I am asking for your apology.(つべこべ言わずに謝れ)」と最後通告をしました。この後すぐに、彼女の口から「I am sorry.」が飛び出したのは言うまでもありません。

 このお姉さん、僕のラッテを作ったあと、そのラッテと一緒にスターバックスの無料コーヒー券をくれました。そして、「Sorry to keep you waiting.(お待たせして申し訳ありませんでした)」と再度ぶっきらぼうに謝ってくれました。迷惑をかけた客に無料コーヒー券をくれるあたりが、スターバックスが一流企業だという証明でしょうか。でも僕がもらったその無料コーヒー券は、あのお姉さんが怒りで握りつぶしていたので、シワくちゃだったのです。まあ、シワくちゃでも使えるならいいけど。

 それにしても、我ながら大人気なかったかなあと少し反省しています。でも、アメリカではきちんと言葉で(時に強い口調で)要求しないと、客として当然受けるべきサービスをしてもらえないことが多すぎるのです。日本にいた頃は朴訥で従順な東北人だったのに、アメリカに来て以来かなり性格が悪くなっているなあと自分でも思います。



責任は私にある。でも謝らない。 (2004/01/24)


 前回の続きです。「アメリカ人は謝らない」とはよく言われていることですが、本当にそう思います。こういうことを書くと、「アメリカ人といっても様々な人々がいるのだから、そういう一般化はよくない」というお叱りを受けるかもしれませんが、やっぱり国民性というのは多かれ少なかれあるでしょう。「謝らないアメリカ人、すぐ謝る日本人」という本もあるくらいですから(「慶長の本棚」をご参照ください)、こう思っている日本人はおそらく大勢いるような気がします。

 この件について、しばらく前のワシントン・ポストに面白いコラムが載っていました。そのコラムによると、最近の傾向として過ちを犯したアメリカの有名人は、「I am sorry(ごめんなさい)」ではなくて「I take full responsibility(全ての責任は私にある)」という言葉を述べる場合が多いというのです。例として、不正を犯したエンロンのお偉いさんが「私の行動の責任は全て私にある」と言ったとか、イラクの大量破壊兵器について事実とは異なるスピーチをしたブッシュ大統領が「私のスピーチの責任は全て私にある」と言ったとか。でも、このコラムの著者のホーウィットさんという弁護士も書いていますが、「I take full responsibility」という言葉では謝ったことにはならないし、自分の非を認めたことにもならないのです。多くの場合、「I take full responsibility」とは相手の批判をシャットアウトしたい時に使われるそうです。

 ミスはミス、過ちは過ちとして素直に認め、その過ちを二度と犯さない努力をする。僕はそういう生き方の方が好きです。だから、自分の非を認める勇気と、素直に謝罪する潔さを持ちたいです。いくら長くアメリカにいても、そういう古きよき「日本人の潔さ」みたいなものは、無くしたくないですね。



ホーム・セキュリティ (2004/01/25)


 アメリカで一軒家に住むと怖いのが、強盗や泥棒です。アパートに比べたら一軒家は、はるかに危険性は高いでしょう。ということで、引っ越して早々に我が家に「ホーム・セキュリティ」という装置を付けました。アメリカにはいろいろなホーム・セキュリティの会社があり、様々な安全装置を提供しています。その中で、価格やサービスの内容を検討した結果、僕が選んだのが準大手のB社でした。

 先日、そのB社の技術者が我が家にやって来て、安全装置の取り付け工事をしていきました。家中のドアというドアにワイヤーやセンサーをとりつけ、留守中や夜中に開くはずの無いドアが開いたり、人がいないところで侵入者など何かが動けば、大きなサイレンがなる仕組みです。家族が間違ってサイレンを鳴らしてしまった場合は、20秒以内にコントロール・パネルに暗証番号を入力すると、サイレンはキャンセルされます。20秒以上サイレンが鳴り続けると、24時間体制で監視しているB社から電話がくることになっていて、その電話に誰も出なかったり、電話に出た人がキーワード(上記の暗証番号とは異なります)を言えなかったりしたら、B社は直ちに警察に連絡するそうです。我が家が導入したホーム・セキュリティは、まあざっとこんなもんです。

 セキュリティの専門家によると、大抵の侵入者はサイレンが鳴るとすぐ逃げるそうです。それに、ホーム・セキュリティを導入している家には、玄関先や窓にセキュリティ会社のステッカーが目立つように貼ってあるので、これを見て泥棒も入るのをあきらめる場合が多いのだそうです。我が家も玄関先にB社の立て看板を置き、裏口にはステッカーを貼ってあります。これで月々約30ドルです。これが高いか安いかは、判断の別れるところでしょう。ただひとつ言えるのは、安全もお金で買う時代だということです。



暗唱できない暗証番号 (2004/01/27)


 前回、新居にホーム・セキュリティを導入する際、別々の暗証番号とキーワードを設定しなければならなかったと書きました。これで、僕が使っている暗証番号やパスワード、キーワードと呼ばれるものがまた二つ増えました。近頃、こういった暗証番号が増えすぎて困っています。

 思えば、最近はアカウントというアカウントに暗証番号やパスワードの設定が必要ですよね。僕はEメールだけでも常時使っているもので、現在三つのアカウントがあります。その他にウェブサイト用サーバーのアカウント、各航空会社のマイレージ・アカウントやホテルのメンバーシップ・アカウント、銀行のオンライン・バンキング用のアカウントやクレジット・カードのアカウント、アマゾンなどネット・ショッピング用のアカウント、各種学会のメンバーシップ・アカウント、水道や電話などユーティリティのアカウントなどなど、数え上げればキリがありません。さらに、仕事上でも人事データにアクセスする暗証番号やプロジェクト・データにアクセスするパスワードなどが必要です。

 こういった全てのアカウントに、同じ暗証番号やパスワードを使えれば覚えるのも楽なのですが、そうは問屋が卸しません。アカウントによって暗証番号は4文字以上とか、6文字以上とか、アルファベットの大文字と小文字を混ぜることとか、必ず数字をひとつ入れることとか、それぞれのルールがあるのです。中には、セキュリティ上の理由で何ヶ月に一度は必ず暗証番号を変えること、といった面倒くさいルールのあるアカウントまであります。これでは、全てのアカウントの現在の暗証番号やパスワードを記憶しておくのは、ほとんど神業です。「暗証番号」とはいうものの、そらでは暗唱できない番号となってしまっているのです。



豪州のエミューが救うワシントンの冬の肌荒れ (2004/01/29)


 ワシントンはとても寒い日が続いています。今週の前半はかなりの雪が降り、公立の学校はほとんどが月曜から水曜まで閉鎖されました。今日は久し振りに晴れ間がのぞき、ほぼ一週間ぶりに気温が0℃を上回ったそうです。

 こう寒いと、少し外にいるだけで唇が荒れて痛くなります。顔や手など外気に触れている皮膚もすぐ荒れてきて、僕の指先は固くなり割れてきました。実は長女の両手の甲もガサガサに荒れてきて、時おり血がにじむようになっていました。確か彼女の手は、去年の冬もこうなっていました。アトピーなのかもしれませんが、今までいろんなクリームや塗り薬をつけてもなかなか治らなかったのです。

 ところが、オーストラリアの「エミュー・オイル」を試しに長女の手につけてみたら、みるみる治ってきたのです。この「エミュー・オイル」は、乾燥でカサカサになった僕の鼻の頭に塗るために、以前ブリスベンの友人から送ってもらったものです。その後、自分の鼻にはあんまり効果が現れなかったので、すっかり忘れていました。でも、ここ5日間くらい「エミュー・オイル」を塗り続けたら、長女の両手はほとんど完治しスベスベになったのです。「エミュー・オイル」、恐るべし。

 「エミュー・オイル」は、豪州に棲息する世界で二番目に大きい鳥「エミュー」から抽出した油分で、豪州の原住民アボリジニたちが昔から万能薬として使っていたそうです。化学物質を含まない天然の油ですから、子供にも安心して使えます。肌荒れに悩んでいる方は、騙されたと思って使ってみてください(興味のある方は以下のサイトをご覧ください)。でも、僕には効きませんでしたので、回復力のある若い肌だけに有効なのかもしれませんけど。

 http://www.tjuringa.jp/



Local & Global〜地方公務員から転身した国際公務員のサイト
( http://www.keicho.com )