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WASHINGTON 通信(December 2004)



花より暖炉 (2004/12/02)


我が家の暖炉 いつの間にか今年も12月。ワシントンはめっきり冷え込んできました。まだ氷点下にはなっていませんが、最低気温は3℃とか5℃とか。おとといなんか北風の突風が吹き荒れていて、オフィスから歯医者まで歩いていくのに一苦労でした。あれは「木枯らし一号」だろうか。

 これからの季節、寒い屋外から我が家に帰って「暖炉」の前に腰を下ろすとホッとします。燃える炎を見ていると、身も心も温まるのです。ただ、我が家の「暖炉」は言ってみれば「ニセモノ」で、薪をくべる必要もないしマッチで火をつける必要もないのです。ガスを燃料としていて、リモコンで一発点火。それでも、暖炉の中には燃えない素材でできた人工の「焦げた薪」が一応入っています。これだと煤(すす)も出ないので、煙突を掃除する必要もありません。ものぐさな自分には、こういう便利な「暖炉」がピッタリなのです。



大統領のクリスマス・ツリー (2004/12/03)


 今年ももうこんな季節。昨日は恒例の、大統領による点灯式が行われました。ちなみにこのツリーは、正式には「大統領のクリスマス・ツリー」ではなく「ナショナル・クリスマス・ツリー」と呼ばれます。

 「大統領のクリスマス・ツリーの前で出会った二人は永遠だ」とは、1996年の邦画「大統領のクリスマス・ツリー」より。羽田美智子さんと別所哲也さんが主演しました。僕は脇役でいい味を出していた余貴美子さんが好きでした。

ホワイトハウスナショナル・クリスマス・ツリー



赤と緑のスターバックス (2004/12/04)


スターバックスのクリスマス・カップ 街は既にクリスマス一色。気がついたら、いつも利用している「スターバックス」の紙カップもホリデー・モードになっていました。このホリデー仕様のカップは、赤地に雪の結晶が散りばめられています。真ん中にはお馴染みの緑色のマークが居座っていて、赤と緑で見事なクリスマス・カラーとなっているのです。カップの後ろには次のようなメッセージも書かれていました。

It’s time to join hands.
Welcome your family and friends from distant lands.
Get everyone together and raise a cup of cheer,
because it’s the holidays – that special time of year.

 さて、ワシントン都市圏にこの「スターバックス」が何店あるかご存知でしょうか。実に250店もあるのです。ワシントンだけでこれだけあるのですから、アメリカ全土では物凄い数でしょうね。日本にはどれくらいあるのかと調べてみたら、東京には197店で、日本全体では540店くらいありました。ちなみに、僕の故郷の青森県にはまだ一店もありません。



取材殺到 (2004/12/05)


 このところ立て続けにメールでの取材要請がありました。ひとつは「鶏窓社」という出版社で、財団法人・地方公務員等ライフプラン協会が発行する「キャリア開発ハンドブック(仮称)」という本にインタビュー形式で出てくれということでした。この本は公務員制度改革にともない、新しい公務員のあり方を模索する内容となるのだそうです。特に、公務員から転職した人や、民間から公務員になった人のインタビューを掲載し、キャリア設計を考える一助にするらしい。地方公務員からの転職者ということで、僕に白羽の矢が立ったようです。メールで五項目の質問が来て、それにやはりメールで答えました。

 もうひとつは、中経出版が発行している「English Zone」という英文の隔月誌です。この「English Zone」というのは、英語中級以上を目指す人のための雑誌だそうです。次号の「世界を見据える日本人」という特集の中で、国際協力の現場で働く人へのインタビューを掲載するということでした。メールで八項目の質問が来て、英語誌ですから当然ながら英語で回答しました。

 「キャリア開発ハンドブック」の方は、来年の三月頃に出版されて、全国の自治体などに数部ずつ配布されるそうです。日本の地方公務員の方々、よかったら見てください。それから「English Zone」の方は、来年の元旦、一月一日に発売だそうです。こっちは全国の書店で販売されますので、皆さんよかったら買って下さい。



パフィー全米デビュー (2004/12/06)


 ハッキリ言って、「パフィー」って良く知らないんですよ。1994年に日本を離れたので、僕の中では日本の芸能人は「シャ乱Q」で止まっています。でも、アメリカでは最近「パフィー」が話題なのです。全米最大のアニメ専門テレビ Cartoon Network が、「パフィー」のアミとユミをキャラクターに用いた「Hi Hi Puffy Ami Yumi」というアニメ番組をスタートさせたからです。これは、毎週金曜日の夜7時半からの30分番組で、翌日土曜日の午前中に再放送があります。

 鳴り物入りで始まったこのアニメを一目見ようと、僕は先週の金曜日にテレビの前に座り込んだのです。オープニングのテーマ曲は、「パフィー」が歌っている映像にのせて流れてきました。その後、パフィーの二人が実際に出演して短いコントのような会話を英語でやっていました。この二人の短いコントは番組終了間際にもありましたが、二人の出身地の大阪と東京はどっちがベターか、というやりとりでした。僕はどっちがアミでどっちがユミかさえも分からないのですが、この二人の英語の発音には明らかな差がありました。要するに、片方は発音がかなり良かったのです。

 さて、肝心のアニメの方は短編の三部作で、まるで「サザエさん」のような構成でした。中味は「何だかなあ」としか言いようがありません。どうやら「パフィー」がワールド・ツアーの最中に巻き込まれるいろいろな事件が題材なようですが、とてもエキセントリックで、ガチャガチャ、ドタバタの連続で、僕としては閉口しました。もう二度と見ないでしょう。アミとユミの二人は、このアニメの内容に納得しているのかと少し気になっています。全米を席巻している「Japanese Coolness」の一翼を、「パフィー」がこのアニメで担えるのかどうか、僕個人としてはかなり疑問です。



ワシントンで伊良部を発見 (2004/12/07)


 数日前の昼休み、ワシントンの中心部にある本屋にフラリと入った時のことです。なんか面白そうな本はないかと物色していたら、ある本の表紙に見覚えのある顔が写っていました。「あっ、伊良部」と思わず叫びそうになるくらい、妙な懐かしさを覚えました。メジャー・リーグ在籍中ならともかく、今どき、しかもこんなところで伊良部の顔を目にするなんて思ってもいませんでした。

 伊良部が表紙に写っていたその本は「UNHITTABLE(打てっこない)」という題で、メジャーで活躍した歴代の名投手を特集した本でした。表紙の主役は、ヤンキース時代に完全試合を成し遂げた David Wells 投手です。完全試合を達成した直後にチームメートに担ぎ上げられ、ガッツポーズをする David Wells の後方で、伊良部が手を叩きながら微笑んでいるのです。

 この伊良部の写真を見ると、実に嬉しそうな顔をしています。ヤンキース時代は唯一気の合う仲間と言われていた David Wells の偉業を、心から祝福しているようないい笑顔です。David Wells のこの完全試合は、1998年の5月17日でした。この年、伊良部は好調で開幕からヤンキースの先発ローテーション入りし、13勝9敗という成績を残しています。特に5月には、伊良部は月間最優秀投手にも選ばれるほどの活躍でした。あの伊良部の爽やかな笑顔は、当時の自分の好調さも反映していたのかもしれませんね。

伊良部が写る「Unhittable」の表紙



庭木にイルミネーションの花を咲かす。 (2004/12/08)


庭木のイルミネーション 今週の日曜日、庭のモミジの木にイルミネーションの電球をつけました。枝をなるべく傷つけないように丁寧にコードを巻きつけるのは、とても骨の折れる作業です。結局、作業は一時間以上もかかりました。夜になって電気を点灯してみると、我ながらまずまずの出来栄えに満足。子供たちも喜んでくれたし、デリバリーの人も綺麗だと言ってくれました。

 クリスマスが近づくこの時期、アメリカではこのようなイルミネーションを飾る家庭がとても多いですね。そのため、コンビニやスーパーでは様々な電飾が売り出されています。今回初めてやってみて、木にイルミネーションを付ける場合の教訓を学びました。それは、なるべく短めの電飾コードを数多く繋ぎ合わせた方が、コードがもつれなくていいということです。

 さて、この木には電球が全部でいくつ使われているでしょうか。分かる人、いますか?



ワシントンの出前代行業 (2004/12/10)


 今週は妻が出張していたので、二度も店屋物をたのみました。1994年にワシントンに来た当初、独身時代によくお世話になっていた「出前代行」をかなり久しぶりに利用してみたのです。あの頃は電話で注文していましたが、今ではインターネットからオーダーできるようになっていました。

 この「出前代行業」について少し説明しておきましょう。日本では、寿司やラーメンやピザなどの配達を頼むとき、そのレストランやお店に直接電話をして、そのお店の人が配達してくれますよね。ところが「出前代行」は、「どこそこのレストランの、あれとこれが食べたい」と代行業者に知らせると、代行業者がそのレストランと連絡を取り、料理ができたらレストランからピックアップして自宅に届けてくれるという仕組みです。今回利用した「Doctor Delivery」は、55軒のレストランと契約していて、このうちのどこからでも配達してくれるのです。55軒の内訳は、イタリア料理が一番多くて7軒、ステーキやグリルなどのアメリカ料理が6軒、タイ料理が4軒、メキシコ料理が3軒、日本料理が3軒、中華料理とギリシャ料理が2軒ずつなどとなっています。

 僕は今週、この「出前代行」を使って二日続けて違う和食屋さんから出前を取りました。火曜日が「カツ丼」で、水曜日が「鮭のカマ」。和食と言ってもこの辺りの和食屋さんは、韓国人やベトナム人のシェフがやっている場合が多くて、イマイチ美味しくないのです。火曜日の「カツ丼」は大失敗でした。「カツ丼」とは名ばかりで、ご飯とカツ煮が別々になっていました。しかも、カツ煮の方にはズッキーニや人参といった、「カツ丼」とは無縁の野菜まで入っていて、味付けもまるでダメ。かなりガッカリしました。水曜日の「鮭のカマ」の方は、ただの塩焼きでしたから、味に差が出るはずもなく美味しかったですけど。という訳で、きちんとした丼に入った美味しい「カツ丼」が恋しい今日この頃です。

不味いカツ丼旨い鮭のカマ



アメリカのオニババたち (2004/12/12)


  タイトルで気を悪くした方、ゴメンなさい。日本では、結婚せず子供を産まない女性を「負け犬」と呼ぶというのは聞いたことがあったのですが、最近では「オニババ」とも呼ぶらしい。この「オニババ」について、ちょっと Google で調べてみました。ザーッと見ただけでもあるは、あるは。

「オニババ」ってなに?:/上 医学的に高齢出産を考える(毎日新聞)
「オニババ」ってなに?:/下 社会学的に晩婚化を考える(毎日新聞)
[書評]オニババ化する女たち(産経新聞)

 「オニババ」というのは、「オニババ化する女たち」という凄い題名の本から来ているのですね。「負け犬」も「オニババ」も読んでいないので安直な感想は避けますが、人生に勝ち負けはないし、「オニババ」はちょっと差別的な言葉ですよね。僕は結構、負け犬系やオニババ系の女性、好きです。とりあえず、「負け犬」も「オニババ」も早速アマゾンで取り寄せて読んでみよう。そのうち「慶長の本棚」に載せておきます。

 さて、こちらアメリカでも女性の晩婚化が進んでいるという記事を最近のワシントン・ポストで目にしました。それによると、25歳から29歳までのアメリカ人女性の未婚者の割合は、1970年には11%だったのに、2003年には40%に上昇したそうです。30歳から34歳までの層で見ると、未婚者の割合は同じ時期に6%から23%にまで増えています。アメリカでも、オニババ化現象が顕著になってきたと言えるのでしょうか。もしかしたら、これは世界的な傾向なのかもしれません。ちなみに日本では、20代後半で独身の女性は55%だそうです。これはどう考えても女性の側だけの問題ではなくて、男性の側と社会の側にも問題ありなのでしょう。



妊婦本の日米差 (2004/12/14)


 前回の「負け犬」とか「オニババ」という記事に関連して、うちの妻が長女を妊娠していた時の事を思い出しました。初めての妊娠・出産だったので、夫婦でいろいろな本などを読んで勉強していたのです。そこで気づいたのですが、日本から送ってもらった妊婦のための本と、アメリカで買った本では、明らかにスタンスが違っていました。要するに、日本の本は、「いかに丈夫な赤ちゃんを産むか」という赤ちゃん中心の視点で書かれていたようですが、アメリカの本は「妊娠期間をいかに楽しむか」という妊婦中心の視点で書かれていたのです。

 日本の本では、流産を避けるためにとかいう記述もありました。いかにも流産は女性の責任だと言わんばかりでしたが、アメリカの本によると「流産は多くの場合、生存力のない弱い個体が淘汰される自然現象」なので、女性の側に責任はないらしいのです。たまたま、手にした本がこういう対照的な本だったのかもしれませんが、日米の妊婦本の違いに少なからず驚きました。

 アメリカには、妊婦の健康と美しさを題材にした「Fit Pregnancy」という雑誌もあります。この雑誌はアメリカの産婦人科に行くと必ず置いてあって、僕も待合室で何度も読みました。この雑誌には、妊娠中にオフィスで着る服の特集など、「妊娠中でもいかに美しさを保つか」ということが多く書かれているようです。綺麗な妊婦はとても魅力的だと思います。



世界一長いストリート (2004/12/15)


 日曜日に「セサミ・ストリート」のライヴを見に行きました。娘たちと一緒に、エルモやクッキー・モンスターやビッグ・バードが歌って踊る姿を間近で楽しんだのです。でも、エルモなどのぬいぐるみの中に入っている役者に配慮してか、会場がかなり寒かったのにはちょっと参りました。

セサミ・ストリートのライヴセサミ・ストリートのライヴ

 さて、この「セサミ・ストリート」ですが、現在120以上の国で放映されているそうで、世界一長いストリートと呼べるかもしれません。それぞれの国で、その国の文化や社会問題に沿うように、出演キャラクターやストーリーが異なるとも聞きました。例えば南アフリカの「セサミ・ストリート」には、カミという名のHIVポジティブの5歳の女の子が出てきます。カミはエイズで母親を亡くし、いつも母親の形見のネックレスをしています。カミの周りの子供たちは最初、HIV感染を恐れてカミを避けていたそうですが、カミと一緒に遊んでもHIVウィルスに感染しない事を知り、徐々にカミを仲間に入れるようになりました。エイズが深刻な社会問題になっている南アフリカで、HIV感染者やエイズ患者に対する差別をなくす運動に、カミが一役買っているという訳です。

 エジプトの「セサミ・ストリート」には、コーカという名の女の子が出てきます。コーカは、大きくなったら医者かパイロットか学校の先生になりたいと夢見ています。女性の識字率が極端に低いイスラム社会で、「女性だって教育を受ければ男性と同じような職業に就けるんだ」、というメッセージをコーカが発信しているのです。

 子供にテレビを見せるなら、なるべくこういう教育的要素が高い番組を見せたいと思いませんか。でも我が家の娘たちは、そろそろ「セサミ・ストリート」は卒業かもしれません。今回のライブも、長女の方はあんまり面白くなかったと言っていました。



歯なしのタネ (2004/12/18)


 きのう仕事から帰って家に入るやいなや、長女が「サプラーイズ(驚くよ〜)」と叫んで駆け寄ってきました。そして、いきなり「イー」と歯を見せたのです。下の前歯が一本抜けていました。洗面所で顔を洗っていたら、自然に抜けたそうです。そういえば、最近その歯がグラグラすると言っていましたっけ。

歯が抜けた長女 長女は5歳と10ヶ月。初めて乳歯が抜けたのです。インターネットで調べてみたら、乳歯が最初に抜けるのは、個人差があるものの大体5歳から7歳の間だそうです。そして、最後の乳歯が抜けるのは12歳頃らしい。これから彼女の乳歯は次々に抜けて、永久歯が生えてくるという訳か。4歳と4ヶ月の次女は何故か悔しがって、「自分の歯も早く抜けたらいいのに」と半ベソをかいていました。

 アメリカには「Tooth Fairy(歯の妖精)」がいるのをご存知でしょうか。歯が抜けたら、夜寝るときに枕の下に抜けた歯を置いておくと、夜中に妖精がその歯を取りに来て、代わりにコインを置いていってくれるんだそうです。こんな認定証までくれる妖精もいるようです。昨日の長女の場合、抜けた歯は洗面所の排水口に落ちてしまったそうで、そのため「歯の妖精」は現れませんでした。

 僕が子供の頃は、「下の歯が抜けたら屋根の上に、上の歯が抜けたら縁の下に投げろ」と教えられた記憶があります。それに比べたら、アメリカの「歯の妖精」の話は、随分とメルヘン・チックですね。



週末のセンタクロース (2004/12/20)


ランドリー・バスケット タイプミスではありません。サンタクロースではなく、センタクロースなのです。

 共働きの我が家では、一週間分の洗濯物は大きな二つの円筒状の籠(ランドリー・バスケット)に溜めていて、週末にまとめて洗濯をします。ひとつの籠は、家の洗濯機で洗う衣類用のためですが、もうひとつの籠はワイシャツやスーツなどクリーニング屋さんに持っていく衣類のためです。この円筒状の籠は高さが一メートル近くあり、内袋とフタがついています。

 週末の朝、沢山の洗濯物が入った内袋を籠から出して、ヨッコラショと背中に担がなければなりません。ひとつは我が家の洗濯機まで運ぶため。これは大抵は妻がやります。もうひとつはクリーニング屋さんに運ぶため。こっちは大抵、僕の役目です。お互いこの大きな洗濯袋を担いだ格好が、まるでサンタクロースがプレゼントの入った袋を担いでいるように見えるのです。ただ、袋の中味はプレゼントではなく洗濯物。ということで僕らは毎週末、夫婦で「センタクロース」になるのです。下手な駄洒落ですが、季節感バッチリということでお許しを。



FAHRENHEIT 24/11 (2004/12/21)


 映画のタイトルではありません。昨日のワシントンの気温なのです。最高気温が24度。最低気温は11度。アメリカですから、単位は当然ながら「Fahrenheit(華氏)」です。いつも利用している「単位換算プログラム」でこれを摂氏に転換してみると、最高気温はマイナス4.4度で、最低気温はマイナス11.7度となりました。この冬、一番の冷え込みです。ワシントンの冬ホンバンと宣言しておきましょう。

 昨日はこんなに寒かったのに、悪いことに早朝からインドとバングラデシュとワシントンをビデオで結び、ビデオ会議がありました。この準備のため、僕は朝6時半に家を出たのです。駅まで歩く10分間が30分のように感じられ、耳が千切れそうになりました。

 この寒さのため、昨日は押しボタン式の信号機のボタンが凍り付いて押せませんでした。我が家の裏口の鍵穴も、凍り付いて鍵が閉まりませんでした。郵便ポストも凍り付いて、なかなか開きませんでした。なんか、街中が凍ってしまった感じです。僕は北国出身のくせに寒いのが大嫌いなので、すでに春が待ち遠しいです。



ナショナルズ、滑り込みセーフ (2004/12/22)


 ワシントンに移転が決まった(と報道されていた)エクスポズ改めナショナルズですが、先週から二転三転の大騒ぎがありました。エクスポズのワシントンへの移転が一旦決まった背景には、「2008年にオープン予定の新球場の建設費は、全額ワシントン市が賄う」というMLB機構側とワシントンDCのアンソニー・ウィリアムズ市長との合意があったのです。ところが先週、リンダ・クロップ議長の率いるワシントンDCの市議会は、この合意に反して、「新球場の建設費の半分以上は民間投資を充てることとし、民間資金が工面できない場合は球場建設を行わない」とする条例案を可決しました。この条例を不服とするMLB側は、今年の12月31日までに新球場の建設を保証できないのならば、エクスポズのワシントン移転は白紙撤回すると宣告したのです。ナショナルズ、絶体絶命のピンチでした。

ナショナルズのTシャツ これを受けて、売り出されたばかりだったナショナルズの帽子やTシャツなどのチーム商品の販売が中止され、新球団への職員の募集も凍結されました。ネット・オークションの「eBay」では、先週こうしたナショナルズ関連商品が高騰したというニュースもあった程です。僕も販売が中止される直前に、幻になるかもしれない「ワシントン・ナショナルズ」のTシャツを一枚買ってきました。

 さて、昨日のワシントン市議会で、この球場建設問題が再度話し合われました。結論から言うと、「民間資金が見つからない場合は市の責任で建設する」という条例変更案が一票差で可決され、ナショナルズはかろうじて生き残ったのです。今日のワシントン・ポストの見出しには「ナショナルズ、滑り込みセーフ」とありましたが、正に、薄氷を踏むような際どい逆転勝利でした。インターネットで調べたら、今日はもう球団職員の募集が再開されていました

 新球場の建設費は、4億ドルとも5億ドルとも言われています。その全額を市の税金で賄うことに対して、ワシントン市民の意見は真っ二つに割れているようです。「どうして金持ちの球団オーナーの利益のために多額の血税を使うのか」、「そんなお金があったら教育や医療に使ったらどうか」という声も多く聞きます。一方、球団を持つことの経済効果を唱え、税金による球場建設を正当化する声が多いのも事実です。野球ファンの僕自身は、メジャーの球団が自分の街にあるなんていうのは、ハッキリ言って「プライスレス」だと思っています。



繋がっていない人をいかに繋げるか。 (2004/12/23)


 実は、ゲストブックに書き込みをもらうほぼ二倍のペースで、このサイトの読者の方からいろいろなメールをもらいます。最近も、日本の大学院でスリランカの平和構築を研究している、甲斐理沙さんという女性からメールをもらいました。本人の許可を得て、彼女のメールの一部を以下に転載します。

 いつもホームページ、楽しく、そして考えさせられながら拝見しております。今回は、糸井さんの本に対する書評に共感するところがありまして、慶長さんにお話したく、メールを差し上げました。

 「興味を持っていない人に伝える」。これは、最近私がよく考えていることです。例えば、「スリランカの平和構築を研究している」と言うと、「えらいね」と言われます。もっと興味をもってもらい、考えてくれる人が増えることが世界的な平和につながる思うのです。日本では、まだまだ内に目を向けた人が多く、国際貢献=すごい、偉いという風潮があるように思います。

 私もいろいろ手段を考えてみました。私はミステリーを読むのが好きなので、「その題材を扱った小説を書く」など・・・。なかなか難しいですね。でも、重要なことだと思います。慶長さんも、何かいいアイディアがございましたら、またHP上で扱っていただけると幸いです。ここには、興味のある人がたくさん集まっています。みんなで知恵をだしあえば・・・。


 甲斐さん、有難うございました。是非とも「スリランカの平和構築」を題材にしたミステリー小説を完成させてください。この件に関しては、僕もいつも悩まされています。僕もこのホームページで、なるべく分かり易い言葉で硬軟織り交ぜた話題を提供することで、国際機関に興味がある人だけでなく色んな人を取り込もうとしているのですが、まだまだですね。やっぱり僕のサイトは、「難しい」と言われることも多いです(自分ではそうは思わないのですが)。「繋がっていない人をいかに繋げるか」、「興味のない人にいかに興味を持ってもらうか」、誰かいい案がある人は是非ゲストブックに書き込みください。これからも時々、読者からの面白いメールを紹介するかもしれません。



本物のサンタクロース (2004/12/24)


 アメリカでは12月に入ると、ほとんどのショッピング・モールやデパートに「サンタと写真を撮ろう」というコーナーが設置されます。白い髭を生やし、赤い衣装を着てサンタに扮したお爺さんたちが、子供たち一緒に写真に納まってくれるのです。これには、いつも小さな子供たちの長い行列ができています。

サンタとトナカイの人形 先日も、あるショッピング・モールで買い物をしていたら、この「サンタと写真」のコーナーに出くわしました。それを見た四歳の次女は、思わず「Real Santa !(本物のサンタだ!)」と叫んだのです。「パパ、あれは本物のサンタだよね」と聞かれて、ちょっと困ったけど「イエス」と答えておきました。ああいう場合、何て答えればいいのだろうか。

 こういうショッピング・モールのサンタさんたち、今年は心配なことがひとつあるそうです。それは、インフルエンザ。ご存知のように、アメリカでは今年はインフルエンザのワクチンが不足していて、予防接種を受けられなかったサンタさんたちも多いらしいのです。彼らは皆60代か70代の高齢者ですから、インフルエンザが原因で命を落とすことだってあり得ます。まして、彼らの仕事は不特定多数の子供たちと握手したり、ハグしたりすることですから、細心の注意が必要なのでしょう。

 さて、今夜はクリスマス・イブ。今頃はアメリカ中で、サンタさんが大忙しでしょう。実は先ほど、我が家にもサンタがやって来て、娘たちへのプレゼントを置いていきました。明日クリスマスの朝、目を覚ました娘たちの喜ぶ顔が目に浮かびます。



アジアの地震とTSUNAMI (2004/12/30)


 アパラチア山脈の東側、バージニア州のスキー・リゾートから戻りました。このリゾートについては、また日を改めて落ち着いたら書こうと思います。と言うのは、インドネシアのスマトラ沖の大地震と、それが引き起こした南アジアの大津波で、休暇気分もリゾート気分も吹き飛んでしまったからです。インドネシアには以前とても深く関わっていたことがあったし、津波で一番の被害を受けたスリランカは、現在進行形で担当している国です。被害状況が明らかになるにつれ、重く沈鬱な気分の年末を迎えています。

 この大津波のことを知ったのは、アメリカ東部時間の月曜日のお昼頃でした。リゾート・ホテルの部屋でCNNを見ていて、事の重大さに愕然としました。何か緊急の連絡があるかもしれないと思い、すぐスキー場のビジネス・センターに直行し、ウェブメールで職場のEメールにアクセスしたのです。案の定、スリランカ政府から緊急の援助要請のメールが入っていました。「僕の担当しているスリランカの水供給プロジェクトの資金を、津波被害を受けた地域の緊急復興に振り分けられないか」というのです。早速、担当部局や上司にメールを打って調整をし、火曜日の朝一で、再びスキー場のビジネス・センターからスリランカ政府にOKの返事を送りました。要請を受けてからここまで約20時間。このあたりが官僚組織の限界でしょうか。火曜日に再び追加支援の要請メールが来ましたが、前日の調整が効いていたので、これには直ちにOKを出しました。

 今後も新年早々から、津波被害の復興関係の仕事が増えそうです。一月三日と四日には緊急会議が招集されています。最近何度も訪れているスリランカには、安否が分からない知り合いも何人かいて、心配な日々が続いています。何よりも、援助に携わる自分が、こういう深刻な時に現場から遥か遠くにいるというのは、何とも歯がゆい無力感を感じざる得ません。



2004年の締めくくり (2004/12/31)


 日本はもう年が明けたはずですが、ワシントンはまだ大晦日です。今年も実にアッという間に暮れました。ワシントン・ポスト紙によると、2004年は初めてデジタル・カメラの販売がフィルム・カメラを追い越し、ブロード・バンドによるインターネットの利用者数がダイアル・アップ接続による利用者を抜いた年なのだそうです。毎年、毎年、一年が短くなっていくような気がしてしょうがないのですが、このデジタル化がそんな気分に拍車をかけているのかもしれません。でも、まあ、走り続けるしかないか。

 さて、駆け足で過ぎたそんな2004年を少し振り返ってみます。仕事面では、今年も何度か南アジアを訪れました。ヒマラヤの美しい小国ブータンには4月、10月、11月と合計三回行き、プロジェクト現場を町から町へとひたすら走りました。5月にはパキスタン経由で初めてアフガニスタンを訪れ、長い戦乱の後に希望の光が差し始めた国の姿を、この目で見る機会がありました。6月と11月にはスリランカに飛び、農村部と紅茶プランテーションで何度も会合を重ねました。

 プライベートでは、今年は一月早々に新居への引越しがありました。ワシントン近郊に家を購入したのですが、住み心地はまあまあですね。4月には去年から気になっていたブログを初め、ブロガーの仲間入りを果たしました。ワシントンに17年ゼミが大量発生した夏には、南半球のシドニーとオークランド、それから日本の故郷で夏休みを堪能。8月にはシアトルで「日米リーダーシップ・プログラム」に二回目の参加をし、日米の各界若手リーダー達と一週間の貴重な合宿をしました。9月末にはブータン出張の途中に故郷の八戸に立ち寄り、母校などで三度ほど講演をする機会をいただきました。その講演の内容と高校生たちの感想をこのサイトにアップしようと思っていながら、できないままに今日に至ってしまいました。スミマセン。

 実は、2004年は僕がワシントンに来て丁度10年目の年でもありました。9月には世界銀行に入って勤続10年の表彰も受けましたが、マンネリにならぬよう、10年前の熱い気持ちをいつも忘れずに持ち続けたいと思っています。今年も世界中のいろんな所で、いろんな人に出会いました。このHPを通じた新たな出会いもたくさんありました。この一年間、素敵な出会いをありがとう。また来年も、どうかよろしくお願いします。



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( http://www.keicho.com )