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  ブータン(September 2004)



コスモス咲くブータンより (2004/09/27)


 昨日ヒマラヤの秘境ブータンに着きました。ブータン訪問は、今回で四度目になります。ブータンは秋一色という感じで、至る所にコスモスが咲き乱れ、金色の稲穂は既に頭を垂れて収穫が近いことを示しています。

 実は昨日、バンコックの空港でブータン国営ドゥルック航空にチェックインする時、ちょっとしたトラブルがありました。僕の予約がキャンセルされている、と言われたのです。既に座席は満席なので、「No-Show(予約をしていながら当日空港にやって来ないケース)が出なければ今日は乗れない」と言われました。しかも、ビジネス・クラスでNo-Showが出るのはまず考えられないから、乗れてもエコノミーだと言うのです。その時は午前5時頃だったのですが、No-Showの有無を見極めるため、とりあえず6時まで待つことになりました。これにはひどく困惑させられました。

 ドゥルック航空は国際的な予約システムに組み込まれていないため、ワシントンからは予約できずに、いつもブータン政府に予約を頼んでいます。今回も、ブータン政府から予約の確認番号まで届いていたのですが、その番号を知らせてもダメでした。どこで何が狂ったのでしょうか。既に翌日からミーティングの予定が詰まっていたので、「今日乗れなかったらまずいことになるなあ」と思いながらも、半ば諦めていました。

 午前6時にもう一度チェックイン・カウンターに行ってみると、「ビジネス・クラスに空きが出た」と言うではありませんか。何というラッキー。でも、アンラッキーの後のラッキーですから差し引きゼロですけど。という訳で、どうにかこうにかブータンにやってきました。通信事情の悪い中、どれだけ更新できるかは分かりませんが、「ブータン通信」をどうかお楽しみに。

ブータンの景色ブータンのコスモス



ブータンは禁煙の国 (2004/09/29)


ティンプーの街並み ブータン唯一の新聞「クエンセル」によると、ブータンの国会が今年7獅ノ、国内でタバコの販売を禁止する決議を採択したそうです。さらに、国外からブータンにタバコを持ち込む人には100%の関税がかかるということです。このタバコ販売禁止決議は、ブータンの全20県のうち既に18県で実施に移されたそうです。残り二つのうちのひとつは、僕が今滞在している首都のティンプーですが、このティンプーでも今年の11月からタバコの販売が全面禁止になることが決まりました。ブータンでは、タバコは健康に悪いというほかに、「悪魔へ捧げる香」とされ宗教上の悪徳なのだそうです。

 僕自身タバコは吸わないし、タバコの煙は大嫌いです。日本は喫煙天国なので、日本に帰るたびにタバコの臭いにうんざりさせられます。ですから、禁煙社会を実現しようというブータンを羨ましくさえ思います。

 今現在はまだタバコが売られているせいか、ティンプーの街では時々タバコを吸っているブータン人を見かけます。昨日、そのうちの一人に「タバコが禁止になるそうだけど」と聞いてみたら、「販売を禁止しても、闇市場が増えるだけだよ」と言っていました。闇市場を取り締まって、ブータンが世界に先駆けて禁煙国家のモデルケースになれるのでしょうか。この国なら、やってくれそうな気がします。



秘境で迎える誕生日 (2004/10/01)


 ブータン北東部のルンツェに来ています。ここまで来ると本当に秘境中の秘境という感じがします。首都のティンプーを昨日の朝早く発ち、車で9時間ほど走って昨夜はブムタンに泊まりました。今朝はブムタンを8時に発ち、またまた9時間ほどかかって夕方の5時過ぎにここルンツェに着きました。

 実は今日は僕の誕生日だったのですが、疲労困憊でそんなことはもうどうでもいいという心境です。とりあえず無事に目的地に辿り着いたことを家族に知らせるために、これを書いています。



ブータンの秋夏冬を体験 (2004/10/04)


 四泊五日のフィールド・トリップからティンプーに戻りました。五日間で中央ブータンのワンディ、トンサ、ブムタン、北東部のルンツェという街を周るという強行軍でした。これらの街では、世銀が融資している都市開発プロジェクトが実施されているので、その進捗状況を把握し、知事や住民たちとミーティングを重ねて来たのです。ひたすら曲がりくねった凸凹道を走り、五日間で合計約36時間を車の中で過ごしたことになります。いつもながら、ヒマラヤの山道はとてもタフでした。

「ウラ」という名の美しい村

 ブータンでは、街の標高によって季節や植生がガラリと変わります。秋一色のティンプー(標高2400メートル)から2時間半ほど走って乾燥したワンディの街に着くと、まだまだ夏のように暑く、道端にはサボテンが多く見られました。そこから約6時間走って標高3000メートルを越えるブムタンの辺りにさしかかると、気温はかなり冷え込み既に冬のようです。それからブムタンの東にあるトゥムシンラという峠(3740メートル)で一休みしましたが、ここはブータンの自動車道では最高地点だそうで、セーターの上にジャンパーを重ねてもまだ寒さに震えました。さらに4〜5時間走ると、標高が1000メートルを切るリンメタンという亜熱帯の小さな町に着きますが、ここは一転して真夏のような暑さで半そでのTシャツ一枚でも平気でした。最終目的地のルンツェは険しい渓谷の斜面を切り開くように建っている街ですが、そこでは再び爽やかな秋風が吹いていました。

 ということで、たった五日間で秋、冬、夏というブータンの三つの季節を体験できたことになります。ちょっと得をした気分です。

ブータンの渓谷ルンツェのゾン



ソバが結ぶブータンと日本 (2004/10/05)


そば粉のパンケーキ 昨日、中央ブータンのブムタンでの朝食に、ソバ粉でつくったパンケーキが出てきました。このパンケーキに、やはりブムタン名物のハチミツをつけていただきましたが、なかなかの美味でした。標高が3000メートルを越えるブムタンの辺りでは、寒冷な気候のために米がとれずに、代わってソバが栽培されています。従って、ブムタン地方にはいろいろ伝統的なソバ料理があるという訳なのです。

 これは、僕の故郷である青森県の八戸地方とそっくりです。八戸も、夏に冷たい「やませ」という風が吹くため、米が不作になりがちで、そのためにいろいろ珍しい郷土料理があります。そのひとつが、「そばかっけ」と呼ばれる料理です。「そばかっけ」は、ソバ粉をこねて薄く延ばして三角形や菱形に切り、薄塩の昆布ダシで湯がいたものにネギ味噌などで食べる、八戸独特のソバ料理なのです。

 おそらく、ソバを主食のように食べるなんていうのは、日本人とブータン人くらいでしょう。ソバという食文化を巡る日本とブータンの国際交流なんかが始まれば、とても面白いと思いませんか。とりあえず、ブムタンと八戸で何か仕掛けようかと思案中です。



目のやり場に困るゴ (2004/10/07)


ブータンの民族衣装「ゴ」 ブータンの厳しいドレス・コードについては以前も書いていますが、この国では公(おおやけ)の場では男性は「ゴ」、女性は「キラ」と呼ばれる民族衣装を着なければいけないことになっています。そのうち男性が着る「ゴ」は、日本の着物にとてもよく似ているのです。違いと言えば、丈が膝までしかないことと、袖口の白い折り返しくらいでしょう。この「ゴ」を着ている時の膝下のスタイルは、ハイソックスに革靴というパターンが圧倒的に多いですね。

 先日のフィールド・トリップの最中に、たまたまブータン人男性が着替えているところを見る機会がありました。その時に分かったのですが、「ゴ」はもともと足首くらいまである長い衣装で、それを腰の辺りでたくし上げて膝までの長さに整えているのです。

 さて、この「ゴ」を着ているブータン人の男性と椅子やソファーに腰掛けながら、テーブルや机などを間に挟まずに、面と向かって会議などをすると、目のやり場に困ることが多々あります。椅子に腰掛けると、大抵「ゴ」の裾は膝頭の上まできてしまいます。それに、多くの男性は膝を揃えて座らず、股を幾分開いて座りますよね。この状態をちょっと想像してみてください。そうです。対面している相手には、「ゴ」の裾から下着が丸見えになってしまうのです。今日のミーティングもそうでした。相手の下着を見ないように心がけても、ちょっとは目に入ってしまうのです。ブータン人男性の皆さん、「ゴ」を着ている時は、お願いですから膝を揃えて座ってください。



英語を話すブータンの子供達 (2004/10/09)


 ブータンの街を歩いていると、時々子供たちが英語で話しかけてきます。先日も、ブムタンでデジカメをぶらさげて歩いていたら、7〜8歳の男の子が「Give me one photo.」と言って近づいてきました。リンメタンの街ではいきなり男の子に「Hello, Sir.」と言われ、それから彼は英語で「自分は10歳だ」とか、「この女の子は自分の妹だ」とか、いろいろ教えてくれました。

 どうしてブータンの子供たちが英語を話せるかというと、この国では小学校から英語を教えているのだそうです。より正確に言うと、ゾンカ語という国語の授業以外は、小学校から算数も歴史も全て英語で教えるのだそうです。道理でブータン人の若者も、ブータン人の役人も、ほとんどの人が英語を話せるという訳です。

 この英語による授業というのがいつからブータンで始まったのかは知りませんが、それを決めた当時のこの国の指導者は、実に先見の明があったと思います。民族衣装や伝統建築など頑なに独自の文化を守る一方、積極的に国際語を学ばせる。これは一見矛盾しているようで、実はそうではないのです。自国のアイデンティティの保護と国際化は両立できるはずですし、その両立を追及するのがグローバル化に対応する国家の理想像なのかもしれません。ブータンで英語を話す子供たちに触れて、そんなことを考えています。

ブータンの女の子たちブータンの男の子たち



ブータンはオンリー・ワン (2004/10/12)


 ブータンから、カルカッタ、バンコック、成田を経由してワシントンに戻りました。いつもながら二日がかりのこの長旅は疲れますね。

 さて、今回の「ブータン通信」の最後に、ブータンのあちこちで撮影した秋の花々を載せておこうと思います。ヒマラヤの春の花々と比べてみてください。


 突然ですが、花と言えば「世界に一つだけの花」というSMAPの歌がありましたよね。「No.1にならなくてもいい、もともと特別なOnly One」と始まります。あの歌は、人間一人一人は違う種を持っているのだから、その花を咲かせればいいじゃないかという歌でした。僕は、人間だけでなく国々も、経済大国とか軍事大国とかナンバー・ワンを目指す必要はないと思うのです。ナンバー・ワンでなくても、オンリー・ワンでいいじゃないか。ブータンという国は、確実にそういう路線を進んでいる国です。




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