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  ブータン(April 2005)



ブータンの青い空と白い山 (2005/04/06)


 ブータンに着きました。昨日パロ空港に到着したときは、実にいい天気でポカポカ陽気。真っ青な空の下に雪を頂くヒマラヤの山々は、息を呑む美しさです。遠くに見えた7000メートル級のチョモラリ山頂は特に美しく、どこまでも真っ白でした。

 このチョモラリを眺められる最高のロケーションに、最近アマンコラという高級リゾートがオープンしました。昨日、パロから首都ティンプーに移る途中に遠回りをして、僕もこの有名なアマンコラを見てきました。仕事は抜きにしてこんな所に滞在できたらいいなあとは思いましたが、一泊で約900ドルという値段は僕には手が出ません。昨日はちょうど、日本人の「トラベル・ジャーナリスト」という職種の人たちが何人か泊まっていました。

 ブータンは国の観光戦略として、アマンコラのような高級リゾートに来る「ハイ・エンド」の外国人観光客を求めているのです。アマンコラのような高級ホテルに泊まらなくても、ブータンに来る一般の外国人観光客は必ず一泊210ドルを払わなければなりません。こういう観光政策をとることによって、外国人観光客数と客質を制限し、ユニークな独自の文化を守ろうとしているのだと聞きました。本当かどうかは分かりませんが、特に「若いバックパッカーなどが来るのを制限したい」のだとか。実際、ブータンで会う外国人観光客は、リッチそうな年配のグループが多いですよ。




もうひとつの決勝戦 (2005/04/07)


 僕が今泊まっているティンプーのホテルのすぐ裏に、チャンリミタン競技場というサッカー場があります。日本などのサッカー場に比べると、芝生もほとんど生えていないようなお粗末なグラウンドに見えますが、ブータンでは最高の競技場なのです。2002年、ここではサッカー・ファンの間では結構有名なある試合が行われました。


 日本でのブラジル対ドイツのワールドカップ決勝戦と同じ日に行われたその試合は、「もうひとつの決勝戦」と呼ばれました。それは、当時の「FIFA」加盟国のランキング最下位を決めるブータンとカリブの小国モントセラトの試合だったのです(当時の「FIFA」加盟国は203カ国で、ブータンが202位、モントセラトは203位)。試合結果は、4対0でブータンの圧勝。この試合は、「The Other Final」としてドキュメンタリー映画にもなっています。

 ブータン人はサッカー好きな人が多く、今でも時々この試合のことが話題にのぼります。キンザン・ドージさんは、「あの試合は、ブータンで開催すると決まった時点で、もう我々の勝ちだった。いわば作戦勝ちだったのです」と嬉しそうに話してくれました。モントセラトの選手たちは、カリブ海から何日もかけてブータンにやって来て、疲労と時差ボケでサッカーどころではなかったそうです。おまけにカリブ海の島とは全く環境の異なる高地での試合。高山病に悩まされたり、空気の薄さに苦しんだりと、モントセラトの選手たちが実力を発揮できなかったことは容易に想像できます。

 さて、この二カ国のランキングは現在どうなっているんだろうと思い、FIFAのウェブサイトで確認してみました。現在の加盟国205カ国のうち、モントセラトは最下位を脱出して202位。ブータンは何と188位まで上昇していました。もしいつか、ブータンがワールドカップに出場するような日が来れば、僕は熱狂的に応援してしまうでしょう。



ブータンのキャリア・ウーマン (2005/04/08)


 今回のブータン出張で、僕のチームのロジスティクスをサポートしてくれているのは、リンチェンさんという女性です。彼女はおそらく30歳くらいでしょうが、ブータン政府の建設・住宅省に勤めるキャリア・ウーマンです。昨年末に留学先のオーストラリアからブータンに戻ったばかりだと聞きました。彼女はキャンベラで「Environmental Management」の修士号を約2年間かけて取得したそうですが、同じ時期に彼女のご主人もシドニーに留学していたそうです。

 「夫婦そろってオーストラリア留学なんてラッキーだったね」と僕が言ったら、「そうでもなかったのよ」というお答え。リンチェンさんご夫妻がオーストラリアに旅立ったとき、彼女たちの赤ん坊はまだ生後6ヶ月。その赤ん坊をご主人の実家に預けての2年間だったそうです。「ブータンに帰ってきても、子供は私よりベビーシッターになついている」と苦笑していました。

 さて昨日の朝、何年か前に買った「地球の歩き方・ブータン」の2003〜04年版をパラパラと眺めていたら、22ページに民族衣装を着飾ったリンチェンさんを発見。かなり驚きましたが、ホクロの位置で彼女だと確信しました。午後のミーティングで「地球の歩き方」を彼女に見せたら、かなりご立腹の様子。「本人の許可も取らずにどうして勝手に写真を載せるのか。この出版社を訴えようかしら」と言ってました。ということで、美しい彼女の写真は残念ながら載せられません。



ブータンの仏教的風景 (2005/04/09)


 ブータンに来ると、至るところで仏教的風景に出くわします。まず、経文を書いた紙を収めている回転体。これを回すと、その「お経」を読んだのと同じ功徳があると聞きました。お経を読むよりはずうっと楽ですから、ブータンでこの回転体を見かけるたびに、僕も回して功徳を積んでいます。

 次に「ダルシン」と呼ばれる細長い旗。これにもお経がビッシリと印刷されています。大抵は数多くの「ダルシン」がまとまって山の中腹などに立てられているのですが、ヒマラヤの緑に翻るこの「ダルシン」は、実に神秘的な風景を醸し出しています。

 そして「チョルテン」と呼ばれる大小の仏塔。この「チョルテン」の脇を通るときは、必ず時計回りに通らなければならないという決まりがあります。これは歩いていても車でもそうで、車で通り過ぎるときも「チョルテン」に向かって左側を通るのです。従って「チョルテン」がある所では、必ず「チョルテン」の両側に道が造られています。

ブータンの功徳を積む回転体ブータンのダルシンとチョルテン



ブータン初の成文憲法 (2005/04/10)


ブータンの国旗 ワンチュク国王の指示で2001年から起草作業が続いていた「ブータン初の成文憲法」ですが、先月末に草案がまとまりました。国王は「全てのブータン国民はこの憲法草案を読むように」と話し、現在この草案は幅広く国民の間に浸透している最中のようです。インターネット上でも英語とブータンの国語(ゾンカ語)の両方で公開されています。この草案は、国王自らと王子が国中を周って国民の意見を集約したあと、今年末までには国民投票で採択の是非を決めるそうです。

 僕もネット上でこの草案に目を通してみましたが、どうやらブータン新憲法の柱は、今までの絶対君主制から二党議会制への民主化なのです。国王は国家元首としての地位を保ちますが、国王に65歳という定年制を導入し、しかも、議会の4分の3の同意と国民の過半数の同意があれば国王を罷免できるという画期的な憲法案になっています。これに関してワンチュク国王は、ブータン唯一の新聞「クエンセル」とのインタビューで、「そもそも統治能力のない人が、王家に生まれたからという理由だけで自動的に王位につくのは間違っている。王政は国民の利益にならなければいけないのだ。王よりも国の方が大事なのだから」と答えています(翻訳は慶長)。

 この言葉からも明らかですが、ブータンのワンチュク国王は、世界でも稀にみる偉大なリーダーです。今までも真に国と国民のためを思い、次々に斬新なビジョンを掲げたり、ユニークな政策を実施してきました。そのうちのいくつかを以下に、リストアップしておきます。

「国民総生産より国民総幸福(Gross National Happiness)」というビジョン
○国のアイデンティティを守る民族衣装着用の義務
○1999年に初めてテレビとインターネットを解禁
○文化遺産を存続させる厳しい建築基準
○タバコ販売を禁止して世界初の禁煙国家に



ブータンで下痢と虫さされ (2005/04/13)


 東ブータンのタシガンという街に滞在しています。ブータンで衛生的な宿泊施設があるのは、首都のティンプーなどほんのいくつかの街だけです。従って、ブータンでフィールドに出る度に、いつも体中が蚤や南京虫に刺されてしまうのです。昨夜は虫除けを体に塗って寝たにもかかわらず、ダメでした。今朝、目が覚めるとあちこち赤く刺されていました。しかも、非常に痒いのです。一緒に泊まっているブータン人やバングラデシュ人は刺されていないというから、日本人の僕だけ虫に好かれているようです。

 一緒に来ているブータン政府のタシ・ワンモさんによると、「ブータン人はよく唐辛子を食べるので、血が辛い」んだそうです。それに比べて日本人の血は甘いので、虫が好むのだとか。妙に説得力のある説明でした。

 虫さされに加えて、さらに悪いことには、昨夜から下痢をしています。皆で同じものを食べているはずなのに、下痢をしたのはやっぱり日本人の僕だけでした。ブータンでは「下痢にはバナナが効く」と言われているらしいので、バナナを食べて凌いでいます。



ブータンの危険な土砂崩れ (2005/04/17)


 木曜日に東ブータンのタシガンを出発し、ようやく先ほど首都のティンプーに戻りました。いつもながら、ブータンの険しい山々を越えての移動は、体力を消耗します。木曜の朝、タシガンからブータン最果ての街「タシヤンツェ」に向かいましたが、前回同様、土砂崩れに阻まれて行けませんでした。タシガンからタシヤンツェに向かう道は一本しかなく、この道が通れなければどうしようもないのです。タシヤンツェまであと30分という地点で土砂崩れが起こり、大小の岩々が山肌から道路めがけて断続的に落ちて来ていました。強行突破することも考えましたが、あまりにも危険すぎるので断念しました。

ブータンの土砂崩れ危機一髪。ブータンの土砂崩れはこんな巨石が落ちてくる。

 ブータンでは、毎年雨季を中心に土砂崩れによる被害が相次いでいます。タシヤンツェの手前にあるドゥクスムという小さな町では昨年、山あいの民家が山から落ちてきた巨岩で破壊され、一部の住民は今も避難生活が続いています。不幸中の幸いだったのは、小さな土砂崩れが起きた後、住民が一時避難中に岩が落ちてきたため、誰一人として怪我人は出なかったことです。今回はそのドゥクスムの町も訪れて、被害状況を把握し、今後の復興について話し合ってきました。

破壊されたドゥクスムの町巨岩が剥き出すブータンの山肌

 それにしても、今回タシヤンツェに行けなかったのは残念でなりません。僕の担当している「ブータン都市開発プロジェクト」は、ブータン全域10個の街で行われています。このプロジェクトを担当することになった数年前、必ず全ての街を訪れて現場をこの目で見ようと決めたのです。これで、今まで訪れていないのはタシヤンツェだけになりました。次の機会があることを願っています。



ブータンのダンプカーには目があるぞ。 (2005/04/18)


目が描かれているブータンのダンプカーブータンのダンプカーの目

 ブータンの山道をドライブしていると、建設資材などを運ぶ大型のダンプカーとすれ違うことがよくあります。自分が乗っている車が谷側ですれ違うときは、タイヤが道からはみでて数千メートルの谷底に落ちやしないかと冷や汗ものです。あるいは、先の見えないカーブの出会いがしらでこういうダンプにぶつかりそうになることもあります。

 このように、山道のドライブには常に危険が伴うのです。そのためかどうかは知りませんが、ブータンのダンプカーには必ずと言っていいほど、目が描かれています。ちょうど左右両側のヘッドライトの上の辺りに、くっきりと大きな目があるのです。事故が起きないように、この目でしっかりと安全を見極めようということでしょうか。

目が描かれているブータンのダンプカーブータンのダンプカーの目



エイト・イレブン、いい気分 (2005/04/19)


 毎回来るたびに思いますが、ティンプーの街は急速に変わりつつあります。今回も、昨年11月に来た時にはなかった新しいビルやお店をたくさん発見しました。そのひとつ、ティンプーのメインストリートにできた5階建て雑居ビルには、エレベーターがあるらしいのです。今まで、ブータンにはエレベーターがひとつしかないと言われていました(ティンプーの病院だけ)。もしこれが本当なら、ブータンで二番目のエレベーター誕生という訳です。高度のため空気が薄いティンプーでは、僕なんか3階まで歩いて上がるだけでも息が切れます。高度に慣れているブータン人でも、やっぱり5階まで歩くのはキツいのかもしれません。

 もうひとつは、ティンプーに新しいコンビニができていました。名前を見て笑ってしまいましたが、「セブン・イレブン」ならぬ「エイト・イレブン」です。「エイト・イレブン」というからには、朝の8時に開いて夜の11時に閉まるのかと思ったら、夜の9時半頃通りかかった時には、もう閉店していました。まあ、名前が面白いから許すとしましょうか。

ブータンのコンビニ「エイト・イレブン」の看板



ブータンのイケメンたち (2005/04/20)


 民族衣装と短髪がそう見せるのかもしれませんが、男の僕から見ても、ブータンにはイケメンが多いと思います。この国には、実に素朴で凛々しい男たちが多いのです。男の子たちも、実にキリッと引き締まった顔立ちをしています。

 ですから、当然ながらブータンの男性は、日本人の女性にモテるのです。実際僕は、ブータン男性と日本女性という夫婦やカップルを何組か知っています。でも不思議なことに、日本男性とブータン女性というカップルには、今まで出会ったことがありません。ブータン女性も魅力的な人が多いですから、やっぱり日本男性がイマイチ魅力に欠けるということでしょうか。まあ、個人差があることですので、一概には言えませんけど。



シャクナゲ咲くブータンよさらば (2005/04/22)


 ようやく今回のブータンでの仕事が終わりました。これから、カルカッタ、バンコック、成田、シカゴを経由してワシントンまで帰ります。

 今回の「ブータン通信」の最後に、ブータンのあちこちで見つけた春の花々を載せておきます。以前に載せたヒマラヤの春の花々とは違うものばかりを集めてみました。珍しい花もありますが、これらの花の名前が分かる方、是非教えてください。ちなみに、上段の一番左は、今ブータンの山々に咲き乱れている石楠花(シャクナゲ)です。その右側の大きな花は、「トランペット・フラワー」と呼ばれていました。その隣は、「パッション・フルーツ」の花だそうです。それ以外の名前は分かりません。





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