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  モルディブ(January 2005)



インド洋へ緊急出動 (2005/01/07)


 インド洋の津波復興の仕事で、これから急に出張することになりました。いろいろな援助機関との調整の結果、僕はこのところ担当していたスリランカではなく、モルディブに飛ぶことになりました。ただ、状況次第ではモルディブの後スリランカにも行くことになるかもしれません。まあ心構えはできていましたが、いつもの出張よりは少し緊張しています。とても大事な試合に先発を言い渡された投手は、こんな心境なのかもしれません。

 インドネシアやスリランカの被災状況は連日報道されていますが、インド洋の小国モルディブの津波被害についてはあまり詳しく報道されていません。死者は100人未満と他国に比べて少ないのですが、経済的な打撃はモルディブが一番深刻だと言われています。モルディブは1200あまりの珊瑚の島々からなる国です。国の経済は、観光と漁業で成り立っています。今回の津波で、この二つの主要産業が壊滅的な影響を受けたことは明らかでしょう。30万人の人口の三分の一近くが家を失ったという報道もあります。僕の役割は、被災状況を調査・把握し、モルディブ政府の復興計画立案をアシストすることです。緊急復興プログラムと中長期の再建プログラムの双方を立案することになるでしょう。

 今回の出張中、どれだけこのサイトを更新できるかはちょっと分かりませんので悪しからず。では、行って来ます。



モルディブより (2005/01/13)


 津波復興の仕事でモルディブに来ています。国際空港のあるフルレ島に滞在しており、ここから被災した島を訪れたり、首都のマレに通ったりしています。マレの街には政府が津波後に設置した「緊急災害センター」があり、僕らのような国際機関やNGO、報道関係者などの情報収集の場となっています。ここに、モルディブ各島の被災状況や援助物資の到達具合といった情報が日々刻々と集まって来るのです。

 モルディブには、人が住んでいる島が約200あります。この200の島々のほとんどが津波被害を受けた訳ですが、インド洋に広範に渡って広がるこの小さな島々の被災状況を正確に把握するだけでも気の遠くなるような大変な仕事です。しかし、それをやらなければ、どの島にどのような援助を投入すればいいかを分析できず、必要な援助が被災者に届かないのです。こんな大変な状況下で、モルディブ政府は本当によくやっているなあと頭が下がります。この災害センターに集められた被災情報は、以下のサイトで公開されています。

http://www.tsunamimaldives.mv/



モルディブの被災地訪問 (2005/01/15)


モルディブの水上飛行機 津波で大被害を受けたモルディブの島をいくつか訪問してきました。水上飛行機で40分くらいインド洋を南下し、まずは「コルフシ」という島に行きました。この島はモルディブ全体でも二番目に被害が大きかったということで、見るも無残な状態でした。千人ちょっとの住民のうち約20人の死者を出し、住宅はほとんど全て破壊されたので、生存者はテント住まいをしています。漁のための船もいくつか破壊され、島の重要な収入源であったバナナやマンゴーなどの果樹も、ことごとく海水による塩害のために枯れていました。かろうじて残っていたのは、海水に強いココナッツだけでした。

モルディブ被災地のテントモルディブ被災地のテント

 次に訪れた「ナーラーフシ」という人口460人の小さな島では、死者がひとり、破壊された家は全体の三分の一くらいでした。ここではテントは見ませんでしたが、家を失った人々は、同じ島で家が壊れなかった家族のところに寄宿しているといいます。この島でも、果樹はほぼ全滅していました。

モルディブ被災地の壊れた家モルディブ被災地の壊れた家モルディブ被災地の倒れた雨水タンク

 こうした被災地をいくつか訪れて感動したのは、人々の助け合いの精神です。災害から立ち上がるために島民がひとつになり、お互いに支え合っているようでした。女たちは仮設された炊事場で当番制で調理をしていると聞きましたし、男たちは届いた援助物資を運ぶのに必死でした。そして救いは子供たちの明るさです。コルフシでは、子供たちがずうっと僕の方を見ているのでこちらが手を振ったら、笑顔で手を振り返してくれました。ナーラーフシでは、歓声を上げながら広場でボール遊びをしている子供たちもいました。あの悪夢から数週間、人々の心の傷が完全に癒えるのにはまだまだ時間が必要でしょう。しかしながら、国際社会の支援と、そして何よりも被災者自らの助け合いが、生きる希望に繋がっていると信じたいです。

モルディブ被災地の子供たちモルディブ被災地の子供たちモルディブ被災地の子供たち



津波直前にニワトリが飛んだ。 (2005/01/16)


 津波で被害を受けたモルディブのナーラーフシという島で聞いた話です。津波が襲った日、普段は飛ばないニワトリたちが、突然羽ばたいて家の屋根に上がったり、木に飛び移ったりしたのだそうです。それから約10分後に津波がやって来たということです。ニワトリたちは明らかに、何かが起きることを事前に感知していたのですね。

 スリランカでは、象たちが津波が起こる前に異変に気づき、海岸沿いを離れていたといいます。そのため、津波後に象の死体はひとつもあがらなかったというニュースもありました。これらの事実から、「多くの動物たちが自然災害を事前に感知する能力を持っている」というのは、ほぼ間違いのないことでしょう。人間はいつからそういう能力を失ってしまったのでしょうか。我々人間が、科学技術の発展とともにこういう動物の本来的能力を失くしてしまったのだとしたら、何とも皮肉なことですね。



モルディブは今でもパラダイス (2005/01/17)


モルディブの美しい島 モルディブの経済を支えているのは、言うまでもなく観光です。外国からの観光客が直接消費するお金だけでなく、いろいろな観光関連の間接的な収入も加えれば、この国の経済の実に約7割が観光に頼っていると聞きました。今回の大津波が、この観光産業に大打撃を与えたのは言うまでもありません。しかも津波が襲ったのは、日本やヨーロッパからのリゾート客が集まるはずの、年末年始のホリデー・シーズンを迎えたばかりの時でした。これからが「稼ぎ時」という、国の経済にとっては最悪のタイミングだったのです。当然、キャンセル客が続出し、現在は例年の一割くらいの観光客数だそうです。

 いくつかのリゾート施設にも、被害が及びました。津波前に営業していた84のリゾート・ホテルのうち、施設に被害が出たなどの理由で閉鎖しているのは21ヶ所だそうです。ということは63ヶ所のホテルは津波後も通常営業をしているということです。それぞれが、何とかして観光客を呼び戻そうと必死だと思います。モルディブ政府の関係者も、「外国からの観光客が戻って来てくれることが、一番の助けになる」と話していました。

 一部には、「多くの住民が被災して困っている時に、リゾート気分を味わうなんて不謹慎だ」という意見もあるかもしれません。でも、そう思ってモルディブ観光を自粛することは、モルディブの人達が望んでいることとは全く逆なことですし、かえってこの国の経済の立ち直りを遅らせる結果になるのです。僕がいくつかの島を訪れた印象では、被害の深刻さは島によって全然違うので、被害の出なかった島では観光に全く支障がないでしょう。

モルディブの青い海モルディブの大漁モルディブの水上コテージ

 モルディブの青い海と青い空、そして美しい珊瑚礁は、多くの島でまだまだ健在です。モルディブは今でもパラダイスなのです。だから皆でモルディブに行こう。僕も今度は仕事ではなく、リゾート客として来たいですね。そうして、津波で大打撃を受けたこの国の経済復興に少しでも貢献したいと思います。ちなみに以下のサイトでは、モルディブの各リゾート・ホテルの最新情報が紹介されています。予約する前に、どこの島のホテルが津波被害で営業を停止しているか、どこが通常営業をしているかをお確かめください。さあ、あなたもゴールデン・ウィークは是非モルディブへ。

http://www.visitmaldives.com.mv/mu/



リスクを冒すロシア人、リスクを避ける日本人 (2005/01/27)


 ワシントンに帰って来てから、時差ボケと疲労で夕食後は8時くらいにベッドへ直行する日々が続いていました。いつの間にかあの大津波から一ヶ月が過ぎましたが、モルディブ観光のPRに一役買うためにも、あと何回かモルディブについて書こうと思います。

 モルディブには通常であれば、毎日平均約2000人の外国人が観光のために訪れるそうです。あの津波があってからは、その数が約200人に減り、外国からのフライトもキャンセルが続いています。中でも、津波以来メッキリ来なくなったのが、日本人なのだそうです。逆に、津波以前も以降も変わらずにやって来るのは、ロシア人だということです。このあたりは国民性なのか、なかなか面白いなあと思いました。モルディブのリゾート・ホテルに勤める日本人のAさんに聞いたら、日本人は9/11の後も、SARS騒ぎの時も、極端に来なくなったと言っていました。日本人というのは、どうやらリスクを避ける傾向にあるようです。

 それとAさんによると、日本の外務省の海外安全情報で、「津波被災地域・国への渡航自粛」ということが言われていたので、これがかなり日本人旅行者の減少に繋がったらしいです。と言うのは、外務省が渡航自粛や渡航延期などの勧告を出している国や地域へ行く場合、日本の各保険会社は旅行保険を適用しないことが多いのだそうです。それでますます日本人は、津波の後モルディブへ来づらくなったという訳です。

 僕がいくつかの島を訪れた印象では、モルディブ観光は全くリスクがありません。心配された伝染病の発生も抑えられています。ですから日本人も、ロシア人を見習って、是非モルディブへ行こう。

モルディブのリゾート



モルディブにおける島の定義 (2005/01/29)


 津波被害を受けたモルディブは、実はもうひとつの深刻な危機に晒されています。それは、地球温暖化による海水面の上昇です。平均海抜が約1.5メートルという低地の小さな島々が多いので、このままのペースで海水面が上昇すれば、50年後には水面下に沈む島もあると聞きました。今回の津波の一撃とは違って、こちらはゆっくりと、しかし確実に迫ってくる危機です。

 そんな危機に晒されているモルディブの島々ですが、この国には「島の定義」というものがあります。モルディブにおける「島」とは、椰子の木が生えていることだそうです。例え海面に陸地が顔を出していても、椰子の木が生えていなければ、それは「島」ではないらしいのです。逆に言えば、水面下に沈んでも、椰子の木が一本でもあれば、それは「島」だと言います。どうして「椰子の木」が基準になっているのかは分かりませんが、こういう現地の話はとても興味深いですね。椰子の木がある島もない島も、モルディブの島々を守るために、地球温暖化をどうにかしたいです。



モルディブかモルジブか? (2005/01/30)


 以前、「バンコックとバンコク」という記事を書きました。タイの首都「Bangkok」を、日本語で「バンコック」と書いている人が多いか、「バンコク」と書いている人が多いかを調べたのです。これを、「モルディブ」でやってみました。「モルディブ」、「モルジブ」、「モルディヴ」、「モルジヴ」の中で、どれが最も一般的なのでしょうか。これを調べるには、Yahoo! Japan で「表記のゆれを含めない」ページ検索をし、検索に引っかかったウェブページの数を比べればいいのです。結果は次の通りでした。

「モルディブ」 〜 134,428 件
「モルジブ」 〜 38,508 件
「モルディヴ」 〜 4,668 件
「モルジヴ」 〜 66 件

 「モルジブ」の方が多いかもしれないと思っていましたが、圧倒的に「モルディブ」と表記している人が多いようですね。ということで、僕も引き続き「モルディブ」と書くことにします。

モルディブの半旗マレの子供たち



日本の援助で救われたマレ? (2005/01/31)


 今年一月13日発行「小泉内閣メールマガジン」の中の小泉総理のメッセージに、次のような一節があります。

モルディブ共和国では、日本からの経済協力資金によって、15年かかって首都のあるマレ島の全周にわたって堤防の建設と護岸工事を完成させて、今回の津波では、浸水はあったものの家屋の流出などの被害はまぬがれました。

 僕は、このメルマガをモルディブ滞在中に読んで、首相はどういう科学的検証に基づいてこういうことを言っているんだろうと疑問に思いました。あの津波で被害が大きかったモルディブの島々は、ミーム環礁、ター環礁、ラーム環礁といった首都マレよりはかなり南の環礁の島々です。ただ被害の大きさは、島の形状や位置、その島を取り巻く珊瑚礁の形状などによって大きく差がありました。僕がこういった被害の大きかった島々や、首都マレ、そしてマレ周辺のいくつかの島々を訪れて思ったのは、今回の津波に限っては、堤防があっても無くてもマレの被害は最小限だったであろうということです。これは現地調査に基づく僕自身の仮説です。ただ、マレに達した津波の威力とマレ周辺の堤防がどの程度その威力を弱めたのかを科学的に検証した訳ではありませんから、間違っている可能性はあります。だからこそ、あの小泉首相のメルマガでの発言が気になって仕方がないのです。

 僕自身が、「日本の経済協力でできた堤防があっても無くても、マレの被害は最小限だった」という仮説を立てたのは、主に次のような理由からです。

1.マレ周辺の島々も被害が小さいこと。とりわけ、フルレ島やフルマレ島といったマレの東側の島々(津波が来た方向)も被害が小さかったこと。
2.被害が大きかった島々は、津波に対峙するような方向に比較的 長い海岸線を持っている島が多いが、マレはこのような島の形状に該当しない。
3.被害の大きかった島々では、津波で破壊されたのは珊瑚で作られた伝統的な建築物で、こういった島々でも学校や病院などのコンクリートで作られた建物はほとんど破壊されていない。人口密度の高いマレの建築物のほとんどは、こうしたコンクリート製の建物である。

 小泉首相は、マレの堤防のことを神戸で開かれた国連の防災世界会議の演説でも触れたようです。マレの堤防に関しては、日本の週刊誌も日本の援助の成功例として取り上げたと聞きました。マレの被害が小さかったのは、本当に日本の援助でできた堤防のお陰だったんでしょうか。何も日本の援助にケチをつけるつもりはありませんが、その科学的根拠が知りたいのです。モルディブで会ったドイツ人のインフラの専門家は、「日本のODAのためにはそういうPRが必要だったんだろう」と話していました。

モルディブの首都マレ



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