フロントページワールド通信>スリランカ(2005/1)
WORLD 通信

  スリランカ(January 2005)



モルディブからスリランカへ (2005/01/18)


 今朝モルディブを発ち、一時間と少しのフライトでスリランカのコロンボに着きました。コロンボの空港には見慣れないバングラデシュの軍機と中華航空のカーゴが停留していました。これらの機体も、それぞれの国からの援助物資を運んできた飛行機かもしれません。空港の職員もタクシーの運転手も、僕が日本人だと分かるや否や、「『TSUNAMI』は日本語なんだってね」と話しかけてきました。どうやら、「津波」という言葉は、今や世界で一番有名な日本語になってしまったようです。

 コロンボに着いたのは今日のお昼過ぎでしたが、早速、スリランカ政府のカウンターパートのところに飛んで行きました。僕の担当している「水供給プロジェクト」を改編して、いかに津波被災者のために役立てるかを話し合うためです。その政府の建物では、顔見知りのデンマーク人のコンサルタントとバッタリ会い、彼からスリランカの被害状況とデンマーク政府の救援活動について情報収集をしました。

 夜は、ホテルのレストランでこれまたバッタリ顔見知りと再会。コロンボで働く日本人女性でした。彼女に同席していたスリランカ北部のジャフナで働く日本人女性と三人で、予期せぬ情報交換会となったのです。いずれにしても、ここスリランカで聞く話は、被害のスケールがモルディブとは比べ物にならない感じですね。



一人の赤ん坊に九人の母 (2005/01/20)


九人の母親が名乗り出たスリランカの赤ん坊  昨日のスリランカの英字新聞に載っていた話です。津波で大被害を受けたスリランカ東部の町で、波が引けた後に奇跡的に救出された泥まみれの赤ん坊がいました。生後3〜4ヶ月のその男の赤ん坊はそれ以来病院に収容されていますが、幸い健康状態は良好だそうです。問題は、「その赤ん坊は自分の息子だ」と名乗り出た母親が九人もいることなのです。中には、「その赤ん坊を自分に返してくれなければ自殺する」と言っている母親もいるそうです。

 今回の津波では、多くの子供たちが犠牲になりました。スリランカでは死者の4割が子供や赤ん坊だったと言われています。この一人の赤ん坊に名乗り出た九人の母親たちは、嘘をついているのではないようなのです。同じような赤ん坊を津波で亡くしたため、ショックのあまり気が変になっているか、あるいは本当に自分の赤ん坊だと思い込んでいるのではないか、ということです。

 さて、この赤ん坊の本当の母親を探し出すのは「DNA検査」しかないでしょう。スリランカで「DNA検査」が実施できるのかどうか、ちょっと僕には分かりません。できたとしても、かなりの費用がかかるのでしょう。誰がその費用を負担するのかという問題も残ります。それに、名乗り出た九人が九人とも本物ではないという可能性だってあるのです。その場合はどうするのでしょう。いずれにせよ、この赤ん坊が一刻も早く本当の家族のもとに戻れるように願わずにはいられません。そして、子供や赤ん坊を失った全ての親たちの心にも、いつの日か平静が訪れますように。



津波早期警戒システム (2005/01/21)


 インド洋に「津波早期警戒システム」を構築することについては、神戸で行われている「国連防災世界会議」でも議論されているようです。でも報道を見る限りでは、構築に8億ドル必要だとか、日本や他の先進諸国、あるいはユネスコなど国際機関の主導権争いだとか、いつまでに構築すべきだとか、そんな話ばかりですね。システムを構築するだけなら、お金とテクノロジーがあればできる訳で、言ってみれば簡単な話です。でも、「そのシステムをどう運用して住民の安全を確保するのか」というのはかなり難しい問題で、そこを議論しなければいけないのではないでしょうか。

 今回の津波で被害を受けた地域は、いずれの国でも首都から遠く離れた僻地です。こういう地域では、近代的な通信網も、機能する自治体組織も存在しない場合がほとんどです。通常こういう地域と情報をやりとりするのには、かなりの時間とコストがかかってしまいます。例えば12月26日の朝に起きた今回の津波に関して、モルディブでは、離島で被害が出たという事実を首都のマレで把握できたのは津波の翌日だったというし、スリランカでも、コロンボの住民が事の重大さに気づいたのは当日の夜になってからだったそうです。そういう状況で、中央の役人が「津波早期警戒システム」から受け取った津波情報を、いかに早く正確に被災の恐れがある地域の住民に伝達するか、また、いかに住民を組織的に避難させるかは、かなりの難題でしょう。日本のように、テレビやラジオから津波警報が「ニュース速報」として流れてくるという世界とは全く異なるのです。

 途上国の災害で多大な被害を受けるのは、いつも決まって貧困層です。ですから、貧困撲滅と災害対策は車の両輪と言っても過言ではないでしょう。個々の地域の災害に対する脆弱さを細かく分析して、緊急時の通信網や避難所などのインフラを整備したり、自治体や住民組織の防災機能を強化したり、定期的な避難訓練などで住民の意識を喚起したりと、そういうきめ細かな対策を各地域地域で実施しなければなりません。それがなければ、「津波早期警戒システム」は宝の持ち腐れになってしまいます。



津波の危機を機会に変える。 (2005/01/22)


 中国では、「危機は、危険と機会からなる」と言われています。読んで字の如しですが、あらゆる危機には必ず何らかの機会がつきものだということです。どうしてこんなことを書いているかと言うと、今回の大津波という空前絶後の大危機は、ある意味ではスリランカにとって絶好の機会であるという意見をしばしば耳にするからです。

 ご存知のようにスリランカでは、独立を求める通称「タミールの虎」と呼ばれる反政府勢力と政府軍との間で、約20年も内戦が続いていました。ノルウェー政府が仲介した2002年の停戦合意を受けて、一旦は和平交渉が始まったのですが、2003年以来この交渉は事実上ストップしています。停戦合意はかろうじて守られてはいるものの、2004年にスリランカ政府の政権交代があってからは政府と「タミールの虎」との関係が悪化し、最近では内戦に逆戻りするのではないかと危惧する声もあったほどです。正にそんな時に、あの津波が襲ったのでした。

 津波で大被害を受けたのは、主にスリランカ南部と北東部です。北東部は「タミールの虎」の支配地域なのです。政府と「タミールの虎」が互いに協力して津波被災者を救援し、復興を進めれば、それがきっかけで和平交渉が再開されるのではないか。こんな機会はまたとない。そんな当初の希望的観測は、今のところ裏切られています。「政府が北東部に充分な救援物資を送っているかどうか」を巡って、政府とタミール側とのいがみ合いもありました。「政治的な違いを乗り越えて、津波という共通の敵に立ち向かう」、今はそれが絶対に必要な時のはずです。津波被災者のためにも、そしてスリランカの未来のためにも、この危機を機会に変えねばいけないのです。



Local & Global〜地方公務員から転身した国際公務員のサイト
( http://www.keicho.com )